第46話 原子力潜水艦「てっしん」

 夏の甲子園への道。

 全国高等学校野球選手権、県大会。


 準決勝第2試合が、開始されようとしている。




 先攻はやまかん


 迎え撃つ投手ピッチャーせいがくしゃ主将キャプテンにしてエース、ふかてっしんさん。


 魔神サキの言葉を信じるなら、この人も野球魔人へと改造されているはず。


 だけど投球練習を見る限り、異常な点は見当たらない。


 フォームの美しさと低すぎるリリースポイントが異常といえば異常だけど、これは以前からだ。


 球速が、春季大会の頃よりちょっと上がった気がしないでもない。


 だけど、魔人なんていうほどでは……。




 投球練習が終わり、試合開始プレイボールだ。


 大きく翼を広げる鳥のように、マウンド上で鉄心さんが舞う。


 そして地をう左腕から、ボールが……。




 あまりの球速に、球場全体が静まり返った。 




 何アレ?




 鉄心さんって、球の遅さで勝負する変則ピッチャーだろ?


 球速の出にくい下手投げサブマリンだろ?


 なのに今の剛速球は……。

 いったい何km/h出てるんだ?


 くそ。

 こんな時に、【鑑定魔法】を使えないなんて。




 皆が大型オーロラビジョンに注目した。


 満を持して映し出される、球速表示。




『165km/h』




 ふ……ふざけんな!


 サブマリン投法で165km/hなんて、人間に出せるわけが……。


 あっ。

 そういや鉄心さん達、もう人間じゃないんだっけ?




 これは……打てない。

 いかに津弧山館打線が強力でも、人間に打てる球じゃない。


 地面スレスレから投げるサブマリン投法は、本来球速が出にくい。


 重力に逆らって下から投げるからっていうのもあるし、ボールに力が伝わりにくいフォームだからっていうのもある。


 だけど下から浮かび上がってくる独特の軌道だから、打者は幻惑される。

 球の出どころも見にくい。

 リリースポイントがホームベースに近くなり、実際の球速以上に速く見せることができる。

 

 ……といったメリットがある。


 球速が遅くても勝負できるのが、サブマリン投法。

 かつてミスターサブマリンと呼ばれたプロ野球選手は、平均120km/h台の球速ながら大活躍した。


 そんな投げ方から本当にバカっ速い球を投げるピッチャーがいたら、手が付けられない。




 あんじょう、津弧山館の1番打者はバットを振ることすらできない。


 あっという間にツーストライクと追い込まれ……。




 うおっ!


 160km/h台を2球続けておいて、決め球は超スローボールだと?


 津弧山館のバッターは、全然タイミングが合わない。


 空振りでバッターアウトだ。




 そうか……。


 サキに改造され、剛速球を投げれるようにはなった。

 それでも鉄心さんは、遅い球で勝負するスタイルを変えてはいない。


 緩急を生かして、より遅く見せてくるようになったんだ。


 【とうてき】スキルを手に入れてから、力押しのピッチングをするようになってしまった俺とは大違いだな。




 やっぱこの人、すげえわ。






○●○●○●○●○●○●○●○●○






 打撃でも、聖魔学舎は凄まじかった。


 津弧山館エースを、1回の裏でノックアウト。

 続く2番手、3番手ピッチャーもめった打ちだ。

 

 3番打者の鉄心さんから、4番、5番と3者連続で場外ホームランを打った時は呆れた。


 終わってみれば、37-0で聖魔学舎の圧勝。

 5回コールドだ。


 ここまで点取らなくても……。

 試合が無駄に長引くだけじゃん。


 点差が多少ついたぐらいじゃ攻撃の手を緩めない主義の俺がそう思うんだから、他の観客はもっと思っただろう。


 この試合が準決勝で、よかったかもしれない。

 決勝戦だとコールドなしだからな。

 もっと点差がついていたはずだ。




 俺達熊門高校野球部は、重苦しい気分を抱えながら観客席を立った。


 みんなでゾロゾロと、球場外のバス乗り場まで移動する。




 ――ありゃ勝てんわ。




 全員、表情がそう言っていた。


 俺は――諦めてはいない。


 だけどこのままじゃ、確実に負ける。


 明後日までに、なにか突破口を開けないものか?


 せめて【投擲】スキルや、レベルの力を復活させることができれば……。


 いやいや。

 ダメだ。


 ないものねだりは俺らしくない。


 考えろ。

 今ある武器で勝つ方法を、全力で考えるんだ。




「せめてスキルやレベルの力を使えたら……。魔神サキを、とっ捕まえて拷問。封印を解かせるっていうのはどうかしら?」


 ウチの監督様は、恐ろしいことを考えるなぁ。


 だけどそのプランは、実現不可能だ。


「スキルやレベルの力を封じられた俺達じゃ、暴力に訴えても返り討ちにあうぞ? 封じられてない状態でも、4人がかりでやっとこさ勝ったのに」




 俺ら野球部と、一緒に歩いているプリメーラ姫も表情が暗い。


「わたくしユウコの魔力をアテにして、地球に転移してきてしまいましたの。【聖女】の莫大な魔力なら、魔石などの媒介なしでも【異世界転移魔法】が使えると思って。このままでは、帰れませんわ」




 マジか?

 この姫様、やっぱり異世界への帰還方法を深く考えていなかった。


 一緒にパーティを組んで冒険している時も、猪突猛進なところがあったからなぁ……。





「プリメーラのおバカ! ……あなたのそういうところ、嫌いじゃないけどね。何とかスキルやレベルの力を、取り戻さないと……。あっ!」


 優子に釣られて、視線を前方に向ける。


 球場廊下の前方に、まのかみこと魔神サキが立っていた。




「くくく……。どうだったかな? 我が聖魔学舎野球部の力は」


「ああ、選手は全員凄いな。監督は、何もしてなかったみたいだけど」


「うるさいぞ。選手の自主性に任せ、のびのびとやらせておるのだ。いい監督であろうが?」


「いい監督は、高校球児を魔人へと改造したりしない」


「そうか? 皆望んでわれに改造されたのだぞ? 『野球上手くなれるんスか? 人間なんて辞めます!』とか言って。願いを叶えてやったのだから、感謝されてもいいくらいであろう?」


 ……聖魔学舎の部員達も、なかなか欲望に忠実だな。

 正直俺も、「野球が上手くなる」と言われたらクラっときてしまうと思う。




「シノブ・ハットリよ。スキルやレベルの力を、取り戻したいか?」


「『封印を解いてやるから、つがいになれ』とか言うんだろ? ゴメンだね。異世界の力なんてなくても、聖魔学舎打線を完封してみせるぜ。なんなら、完全試合パーフェクトに抑えてみせる」


 もちろん、ハッタリだ。

 だけど弱気を見せるよりはマシだろう。


 何か奥の手でもあるのかと、勘ぐってくれたら儲けものだ。






「ずいぶんと、強気だな。ならば我と、賭けをせぬか? シノブ・ハットリ」




 魔神サキは少女モードのままなのに、大人モード時の妖艶スマイルを浮かべた。





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