第20話 聖女の涙とレーザービーム

 将野監督がやってきて2日目。




 無茶で時代遅れな練習のせいで、さっそく故障者が出た。


 二塁手セカンドかいどうが、膝の痛みを訴えたんだ。


 クソッタレ!

 ウサギ跳びなんて、時代錯誤なトレーニングさせるからだ!




「軟弱者が! ワシが現役選手だったころは、みんなもっと根性が……」


 将野がわめいていたけど、俺達は無視した。




「優子。二階堂を頼む」


 目くばせして、サインを送る。


 単にアイシングとかで、治療するだけじゃない。


 こっそり【回復魔法ヒール】を使えという合図だ。


 建造物などの非生命体も修復できる聖女の【回復魔法ヒール】だけど、本領を発揮するのは生き物の治療だ。


 生命活動を促進させて、怪我や病気、疲労や筋肉痛なんかも瞬時に治せる。


 俺は優子に、極力【回復魔法ヒール】を使わないよう指示していた。


 ハードなトレーニングで筋肉を破壊し、【回復魔法ヒール】をかけて超回復させることで効率的な肉体強化ができる。


 だけど、それじゃダメなんだ。


 体を壊すまで練習することで勝てたという、間違った成功体験を植え付けてしまう。


 これから先、大学や社会人のクラブチームで野球を続ける奴もいるだろう。


 間違った成功体験を元に、これから先も体を壊すまで練習したら?


 高校を卒業して離れ離れになったらもう、優子の【回復魔法ヒール】は受けられない可能性が高いんだ。


 学生野球指導者を目指す俺は、体を壊すまで練習や試合をすることを絶対に許さない。


 だから緊急時以外、【回復魔法ヒール】に頼らないようにしようと決めていたのに。


 今は緊急時だ。


 アホな監督のせいで、二階堂の選手生命が断たれるなんて事態にはさせない。

 



「将野監督。練習メニューの内容は、再考してください。ウサギ跳びの悪影響については、1970年代から明らかになっていて……」


 直訴した俺に対して、将野はいきなり平手を見舞ってきた。


 食らってやる義理はないので、サッと避ける。




「黙れ! チビが! 屁理屈ばかりこねているから、お前ら進学校の頭でっかちどもはダメなんだ! 野球は根性だ! 精神力だ!」


 根性や精神力だけで、試合に勝てたら苦労しねえよ。


「お前のようなチビで、屁理屈ばっかりこねている奴に投手ピッチャーはやらせん! どのポジションでも、試合では使ってやらん!」


「俺が出ないと、ウチの部は人数が足りませんが?」


「ハッ! それで脅しているつもりか? 退部したという、2、3年生を呼び戻す。全く。上級生が厳しく躾けないから、1年坊どもが増長するんだ」


 いやいや監督。

 それは無理ですよ。


 優子の【宣誓魔法】が効いているから。

 あいつらはもう、野球部に戻れない。


 俺や憲正、五里川原並みにレベルを上げて、【宣誓魔法】に抵抗レジストできるようになれば話は別だけど。




「目ざわりだが、退部にだけはしないでおいてやる。誰も退部させないでくれと、部長が頭を下げてきたからな」


 部長ってのは、顧問であるとよやまかん先生のことだ。


 甘奈先生……。

 俺達のために、こんなクソジジイに頭を下げて……。




 先生に頭を下げさせた場面を思い出しているのか、将野はゲスい笑みを浮かべていた。


「あの部長には、今度ゆっくり野球について教えてやらなければな。ぐふふふ……」


 あ……。

 絶対こいつ、なんかエロいこと考えてる。

 このままじゃ、甘奈先生が危険だな。


 決めた。

 俺は将野を、この野球部から追放する。


 手段は……どうするかな?


 そうだ!

 甘奈先生相手に、エロいことを考えているのならきっと……。






○●○●○●○●○●○●○●○●○






 将野の監督就任から、5日目


 奴はグラウンドで、ノックを打っていた。


 ……ダメだ。

 ノックが下手過ぎる。

 空振りしてばっかりだ。


 当たっても、全然狙ったところに飛ばない。


 キャッチャーフライの練習で、憲正が中堅手センターの守備範囲まで行ってキャッチするって何だよ?




 あまりに下手クソ過ぎて、ノック受ける側はみんなうんざりしていた。


 せっかくグラウンドが使える日なのに、もったいない。


 俺が代わりに打つか?




 二階堂の代わりに入ったセカンドの守備位置で、そんなことを考えていた。

 すると優子が将野に近づいていく。




「監督、お疲れでしょう? 私が代わりに、ノックを打ちましょうか?」




 さすがの優子でも、「下手クソ過ぎるから代われ」なんて言わない。


 将野のプライドも傷つけない、気の利いた言葉選びだ。




 助かった。

 これで練習になる。


 優子のノックは、部内で1番上手い。

 1番厳しくもあるんだけど……。




 ところが将野は激昂して、とんでもないことを言い出した。




「女がグラウンドに入るな!!」




 これには部員全員が凍り付いた。


 将野……お前、何言ってるんだ?


 女子硬式野球もあるこの時代に……。




 怒りで目がくらむ。


 落ち着けよ、俺。


 ひどいことを言われたのは、優子だぞ?




 心配になって、優子を見る。


 気が強いあいつのことだ。


 ピー音が入りそうな暴言で、反撃してもおかしくは……。




 ポロリと涙が零れた。


 優子はそのまま、顔を覆って激しく泣き出す。


 ……そうだよな。

 泣くほど悔しいよな。




 クソ発言をして優子を泣かせたのに、将野は構わずにノックを続けた。


 ちょうど俺の位置に飛んで来る。




 守備力強化を目的にした、守備範囲ギリギリのものじゃない。


 かと言って確実に正面で処理させ、素早く送球させる練習のためのものでもない。


 意思のこもっていない打球を、グラブで殴りつけるようにキャッチした。




「おい!? チビ! どこへ行く!?」




 俺は送球せずに、ボールを持ったまま走り出した。


 五里川原の横を駆け抜け、センターの1番深いところへ。




 そこで振り返り、将野を睨みつける。


 地球人リミッターを解除。


 公式戦じゃないから、人外の球を投げても問題ない。


 将野をビビらせてやる。




 俺が投げたボールは、約120mの距離を飛行した。


 山なりの弾道じゃない。


 直線的に。

 地面とほとんど平行にだ。


 捕手キャッチャー憲正のミットに、轟音を上げながらノーバウンドで収まる。




「ぎゃあっ!」




 鋭い送球レーザービームの迫力に驚いて、将野は尻もちをついた。


 腰が抜けたのか、立ち上がれないでいる。




 俺は100m8秒台のスピードで走り、将野の正面まできた。


 バットで体を支えながら、起き上がろうとしている。

 ヤツを見下ろし、こう言ってやった。






「将野監督、あなたは無能過ぎる。ひじり優子の方が、監督として数百倍は有能です。俺がそれを、証明してみせましょう」






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