第40話 ザコ戦闘員だからって、舐めるなよ? イーッ!

 破裂音を上げてキャッチャーミットに収まる、すめらぎおうのストレート。


 うるせえ音だ。




 コースはいきなり内角高めインハイ


 死球デッドボールにしない自信があるんだろう。


 コイツは剛腕投手なのに、制球コントロールもいい。


 高めは長打になりやすいけど、球威で押し切れると踏んだか?


 あるいは俺のパワーでは、長打にならないと舐めているのか?


 とにかくワンストライクだ。




 大型オーロラビジョンに目をやる。


 表示されている球速は――




 163km/h!?


 試合開始1球目から、飛ばし過ぎじゃねえの?




 ロマン溢れる球速に、球場内が沸く。


 そりゃ163km/hっていったら、高校最速タイだからな。

 1球目からこれなら、高校最速更新が期待できる。


 みんな伝説の目撃者になりたいんだ。


 皇は剛速球1発で、観客をとりこにした。


 マウンド上のヤツは無敵のヒーローで、俺はしがないやられ役の戦闘員A。


 そんなところか?




 2球目も、ストレートがきた。




「イーッ!」




 ザコ戦闘員っぽい叫び声を上げながらスイング。


 ボールのかなり上を振ったつもりなのに、バットの軌道は下。


 なんつうノビだ。


 【動体視力強化】のスキルも封じられているから、めちゃくちゃ速く見える。




 皇はマウンド上で、自信満々の笑みを浮かべていた。


 「高校球児が試合中に笑うな」という意見はよく耳にするけど、俺はアリだと思っている。


 皇みたいな怪物がぎゃくてきな笑みを浮かべると、それだけで相手打者バッターは精神的に追い込まれるからな。

 そういうのも、スポーツの駆け引きだ。


 ただ俺は、マウンド上で笑ったりしない。

 無表情ポーカーフェイスを心掛けている。


 「何考えてるんだか、わからないヤツ」と、不気味に感じてもらった方が戦いやすい。




 3球目もストレート。

 ストライクのコースだ。


 本当のこと言うと、速すぎて軌道は判別できなかった。


 だけど皇なら、遊び球を使わずストライクを取りにくると確信していたんだ。




 手首に走る衝撃。


 マジかよ?

 かなおいさんがスポーツ用品メーカーに作らせた、俺専用のバッティンググローブを着けているんだぞ?

 信じられないぐらい、衝撃吸収効果のある代物なのに。


 1発で痺れちまった。




 ……だけど、当たった。


 打球はバックネットに当たり、ファウル。


 前に飛ぶ気はしない。




 おっ?

 前には飛ばなかったけど、皇のヤツ苛立ったな?


 俺みたいなザコ戦闘員が、バットに当てたことが気に食わないんだろう。




 4球目も、なんとか食らい付いてファウル。


 くそ……。

 あんまり粘らない方がいいかな?


 ファウルを打つごとに、手へのダメージがくる。


 俺は投手ピッチャーなんだ。

 この後の投球に差し支えたら……。




 ネクストバッターズサークルで待機している、けんざきけんせいをチラリと見る。


 眼鏡を指で押し上げながら、深くうなずきやがった。


 そうか。

 自分も打席で粘るから、その間に痺れを回復させろってことか。

 だから今は、粘れるだけ粘れと。




 おーし!

 やってやろうじゃねえか。




 そこからさらに、3球連続でファウルを打った。


 なんでそこまで粘れたかというと、皇がバカ正直にストレートしか投げてこなかったからだ。


 捕手キャッチャーのサインには、何度も首を振っている。

 こりゃ、変化球を要求されても拒否してやがるな。


 俺を力でねじ伏せないと、気が済まないらしい。


 ザコ戦闘員の粘りに、皇の苛立ちはつのる。


 聞かん坊な1年生エースに、3年生キャッチャーも苛立っているのを感じる。


 ついでに球審も苛立っていた。

 高校野球は、速やかな試合進行が求められるからな。


 わざと試合を遅延させるとかはよくないと思うけど、俺はそんな目的で粘っているんじゃない。


 1球でも多く投げさせて、皇のスタミナを奪う。


 勝負の世界なんだ。

 反則でなければ、何だってやってやる。




 4連続目のファウルを打った時だ。




「ストライクスリー!」


「えっ?」


 驚いて、球審を振り向く。


 打球は確かに、ファウルゾーンに落ちたぞ?




「スリーバント失敗で三振、アウトだよ」




 あ~。

 そういうことか。


「意図的にファウルするような打法は審判員がバントと判断する場合もある」


 って規則もあるからな。


 規則ギリギリまでは攻めるのがモットーだけど、規則にはキッチリ従う。


 規則に文句を言い出したら、競技にならない。


 さじげんを間違えた、俺のミスだ。




「ナイスカット」


 引き上げる時、すれ違い様に憲正が声をかけてきた。

 球審ににらまれそうなんで、小声でだ。




「当てるだけなら、なんとかなるぞ。……あいつがストレート1本を、続けるならの話だけど」


「OK。変化球を引き出してみせるよ」




 憲正は俺と同じく、スキルやレベルの力を封じられている。


 だけど何だろう?


 あいつが「粘る」、「変化球を引き出す」と言った以上、その通りになるような気がする。




 実際に憲正は、俺より粘った。


 10球も投げさせやがった。


 これは皇が、ボール球も混ぜ始めたせいでもある。


 しぶとくカットする憲正にしびれを切らし、ついにスプリットが投じられた。


 皇のスプリットは、けっこう変化量が大きい。

 ゴロを打たせるというより、空振りを取る球だ。


 バットの下を、スルリとボールが通過する。


 アウトにはなったけど、憲正は十二分に仕事を果たしたって言えるだろう。




 3番打者はがわだ。


 コイツだけは、皇も舐めてはこない。


 なんせシニアの世界大会でホームランを打った、有名打者だからな。


 スキルやレベルの力が封じられても、五里川原は元から強打者スラッガーだ。


 試合の勝敗は、五里川原が打てるかどうかにかかっている。




 皇のピッチングが変わった。




 慎重に。

 丁寧に。

 変化球も織り交ぜて、カウントを整えながら。




 五里川原のバットが空を切った。


 3者連続三振。


 くっそ~。

 五里川原の奴、フルカウントまでは粘ったんだけどな。


 だけどファウルも含めて、8球投げさせた。




 1回の表。

 熊門高校は無得点。


 皇には、合計26球投げさせた。






○●○●○●○●○●○●○●○●○





 1回の裏。


 俺はマウンド上で、投球練習をしていた。




 やっぱり球速は出ない。


 異世界召喚前、最後に測った時よりも5km/hぐらいは速くなってるか?


 それでもMAX120km/hじゃ、抑え込める気がしない。


 変化球のキレも落ちている。

 【とうてき】スキルなしじゃ、ボールのスピン量も人類の限界内だ。


 みんなは「元からコントロールは良かった」って言ってくれるけど、スキルを失って精度が落ちている。


 スキルがある時は、1mm単位で狙ったコースを通せた。


 いまはせいぜい、ストライクゾーンで投げ分けられる程度だ。






 自軍ベンチのゆう監督を見やれば、自信満々の表情で親指を立てていた。


 えーい。

 どうなっても知らないぜ?





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る