11
翌朝、俺は始発の次の電車で登校し、正門から数メートル離れた木の影にビデオカメラを設置した。木の影ということもあり、おそらく犯人が現れたとしても全体像を映し出すことは出来ないが、犯行が行われた時刻、犯人の服装くらいは確認出来るはずだ。そこまで出来れば正直俺の勝ちだろう。目的不明の生徒の保護者を特定することは普通に考えて不可能だ。仮にビデオカメラが顔をハッキリと捉えても誰だか分からないだろう。
放課後、俺はビデオカメラの確認をしに行った。坂火と米道には自転車がなくなったから波上と歩いて米道のバイト先に行くことを伝えた。坂火は自分のことのように犯人を怒ってくれた。米道も俺のことを慰めてくれた。素晴らしい部員だ。
ビデオカメラは今朝設置したのと同じ姿かたちで、正常に機能していた。少なからず誰かにバレた感じではない。俺は波上に「部室でビデオを確認してみよう」とLINEを飛ばし、和田先生の元へと向かった。
俺は和田先生に鍵を借りるついでに体育教師に今日の体育の日程を聞いてみた。すると、今日は1、2、3、5時間で4時間目を除いて全ての時間で体育が行われていたと言う。これでは今日、犯人は来ていないかもしれない。俺はこれからビデオカメラの映像を確認するのが億劫になってしまった。
部室につくともう既に波上がドアの前で待っていた。波上が図書室の脚立を持ち出していたのを見て驚いた。上の窓から侵入でもしようとしてたのだろうか。
「何してんだ?」
「考えてたのずっと。」
「おいおい、電気の件はもう解決したはずだぞ?」
「ほんとにそう思ってる?」
波上の嫌な空気を感じ取る。俺の底の浅さを見定められているような凄く嫌な空気だ。
「なあ、水平思考ゲームをしないか?」
俺は話を切り替えた。米道と違って気まづい空気を打破する方法を知らない。
「なにをするゲームなの?」
「一見、理解できない状況をYESかNOで返答出来る質問を用いて、その状況を説明するのさ。今日実際にあった話で例題を出そうか。」
俺はそう言いながら部室の鍵を開けた。
「ねえ、探偵さん。この脚立、上の窓通るかな?」
波上は脚立を持ったまま、部室に入ってきた。おいおい、話全然切り替わってないぞ。
「まあ、無理だろう。大きさ的に。それより波上、俺がなぜこのゲームを提案したか分かるか?」
俺は昨日と同じ椅子に腰掛けると、波上も昨日と同じように俺の右隣の椅子に腰掛けた。
「分からない。 私に何か隠してるから?」
「違う違う。俺が波上に隠し事したことなんてあったか?」
「じゃあ、携帯見せて。」
「え?いやいや、そりゃ隠し事なんてしたことないが、高校生の健全な男子だぞ。女子に隠したいことくらいある。そんなことより水平思考ゲームだが…。」
中学時代に、波上に「見られて困るものはない」とスマートフォンにロックをかけていないことを明かしたことがある。それもあって、波上の俺への不信感は増したかもしれない。半ば強引に水平思考ゲームの話にかえるが、波上は分かりやすくムッとしている。おかしいな、昨日は機嫌良さそうだったのに。
「水平思考ゲームは推理力をアップさせるんだ。これは日常でも応用出来る。今も俺にどう思うか聞いたり、波上は答えを求めようとしすぎだ。分からないことがあったらYESかNOで返答出来る質問をするように。分かった?」
「うん。」
「YESだ。」
「YES。」
渋々ながら乗ってくれる波上。
「よし、これから俺と波上は疑問を持った時直ぐに答えを求めずYESかNOで返答出来る質問をし合って推理力を高め合おう。」
「YES。」
いやいや、botじゃないんだから。
「じゃあさっき言ってた例題と行こうか。問題です。俺は授業中に走っている人を見ていたが、先生は走っている人は注意せず、俺を注意しました。一体どういう状況でしょうか。」
波上はしばらく黙った。
「質問です。私に何か隠してますか?」
「おいおい、問題に答えてよ。」
「YESかNOで答えてくれるんじゃないの?推理力高めたいよ私。」
「とりあえず、例題からね。ビデオカメラも確認したいし、早くしないと米道のバイト先の店閉まっちゃうよ。」
「米道くんのバイト先、午後の17時開店だから大丈夫だよ。香織も17時くらいに行くって。」
「ああ、そっか。」
気まづい、ずっと気まづい。中学の時は愚か、高校時代もこんなことはなかった。特に最近は、波上が俺に失望し、俺の1歩後ろと言うポジションを嫌がっているのでは無いかとさえ思ってしまう。我慢だ我慢。
「質問します。授業は体育でしたか?」
波上の方が折れたようで、俺の問題に乗ってくれた。
「NO」
「先生は走っている人を見ましたか?」
「NO」
「走っている人は教室にいましたか?」
「NO」
ここまでバチバチに詰められると少し怖い。居咲先輩への質問攻めで圧倒されていた坂火と米道の表情が脳裏によぎる。
「回答いいですか?」
はやっと思いながらも俺は頷く。
「探偵さんは授業中に、パラパラ漫画で棒人間を走らせていた所、先生はそれを見て注意した。」
「正解。さすが波上、これだけで分かるとは凄い発想力だ。」
予想の斜め上を行く回答だった。本当は遅刻して玄関へと走っている堀口が教室の窓から見えて、それを見ていたら「余所見するな」と怒られただけである。
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