12
犯人は1年生の樋口。俺がバイト先の推理ショーの途中で感じた違和感は自転車が盗まれた日は3日あったが、その全ての日に樋口は遅刻しているということだった。そして自転車が盗まれなかった日、それは体育がない時間帯がないからだと勝手に判断していたがそれは違った。“俺が駐輪場にいたからだ。“
その日俺はほぼ始業のチャイムがなるギリギリまで駐輪場で見張りを行っていた。だから、樋口は盗めなかったんだ。「犯人は体育の時間を完全に把握し、体育のない時間帯をピンポイントで狙って盗難を行った。」俺のこの推理は完全に的外れだったということだ。「犯人はわざと遅刻して、誰もいない駐輪場で盗難を行った。」正解はこれだ。
しかし、俺がこの選択肢を早々に省いたのには理由がある。鍵のかかった自転車も盗まれているからだ。鍵のかかっていない自転車ならば学生にも犯行は不可能ではない。一台ずつ乗って、どこかに放置し、放課後に回収する。樋口には木口とほかに、もう1人仲良くしている1年生がいたようなので自転車盗難事件の初日に3台盗むということは、どこかに放置した自転車を放課後に3人でそれぞれ一台ずつに乗って帰宅すれば不可能ではない。しかし、初日に盗まれた自転車の2台は鍵がかかっている。鍵付きの自転車を遠くに運び出すのは学生には無理だ。そこで犯人は自動車を使用した、と推理した。この時点で樋口犯人の線と、登校時の犯行の線を省いてしまったのだ。
では、どうやって樋口は鍵のかかった自転車3台を盗み出したのか、だ。盗難2日目、俺は正門にビデオカメラを設置したが、樋口が自転車を担いで出てくるような映像は映っていない。体がデカい樋口といえど、鍵のかかった自転車を裏門から運び出して盗むことは不可能だろう。それに俺は授業中に樋口が遅刻して走っているところを目撃しているが、樋口は自転車を担いでいなかった。
ここから導きだされる結論は、樋口は駐輪場内で鍵のついた自転車3台を移動させただけで校外に持ち出していない、ということだ。最初から盗まれたのは鍵のかかっていない自転車3台のみに違いない。その目的はあの樋口グループ3人で移動に使用するため。鍵のかかっている自転車3台を盗んで一体何に使うのかという疑問がずっとあったが、その答えは転売でもなんでもなく、盗んでいない、が正解だったのだ。
この学校は、学校でオススメしている自転車を購入する人が多いため、場所を移動されただけでも発見は困難である。樋口はそれを利用したのだ。
さらに、“学校シールが変わっていたらもう自分の自転車と判断することは難しい“。
この学校で自分の自転車を判断する方法は、自分で設置した場所を覚えていること、学校シールを見ること、この2個が主流だ。なんとなく高校生になって自転車に名前を書くのがダサいなどと考えている人も多いため尚更だ。その現状から、学校シールを剥がし自転車を移動してしまえば、それはもう自転車を盗まれたと錯覚してもおかしくない。樋口は鍵のついてない自転車3台を自分たちのものにするために鍵のかかっている1年生の自転車2台と新品の俺の自転車から学校シールのみを盗んで、止めてあった場所からなるべく離れたところに移動しておいた。俺がついさっき鍵を回した“赤いシールの貼ってある“自転車は俺が自転車を止めた場所から1番遠いと思われる位置に止めてあったものだ。俺が犯人ならなるべく遠い位置に移動する、という判断のもと真っ先にその場所に向かい、赤いシールの貼ってある自転車に試しに鍵を入れて見たところ見事に一発で開いた、ということだ。本来なら1年生の自転車2台にも別の学年のシールを貼りたかったところだろう。この駐輪場では盗まれた本人たちは気づいてなくとも指定されたシールが貼られていないだけで悪目立ちしてしまう。それこそ盗んだ自転車に元々貼ってあった、居咲先輩と長岳先輩のシールを盗んだ1年生の自転車にそれぞれ貼ってしまえば完成だ。しかし、樋口はそれをしなかった。いや、出来なかったのだ。
俺は姉のおさがり自転車から姉のシールを剥がそうとしたことがある。ところがそれは予想以上に困難なことだ。3年以上剥がれることなくくっついてきたシールを綺麗に剥がすことは、出来たとしても剥がしたシールが原型を留めていることはないだろうから、シールとして再利用することは出来ない。俺はそれで途中で姉の黄色のシールを剥がすことを断念したのだ。ましてや、樋口は遅刻してきているとはいえ、駐輪場でなるべく短時間でその作業を行わなければならない。至難の業だ。
そこで樋口が考えたのは1年生のシールを盗むことだ。1年生はまだ入学したてであり、シールも慎重に剥がせば綺麗に剥がすことが出来た。樋口はその1年生のシールを居咲先輩のシールに上から覆うように貼り、シールを剥がした1年生の自転車と、居咲先輩の自転車をそれぞれ移動した。こうすることで1年生も居咲先輩も自転車が盗まれた、と騒ぎ出す状況ができ上がる。樋口は移動した居咲先輩の自転車に乗って普通に正門から下校すれば良い。俺のシールを盗んだのは、木口用の自転車を作る為だった。樋口ともう1人の1年生は鍵のついてない居咲先輩と長岳先輩の自転車に1年生シールを上から被せて貼ることで完成する。しかし、木口は2年だ。2年生のシールが必要になる。ところが2年生ともなると、1年間引っ付いてきたシールを剥がすという難関作業が待っている。ここで樋口に運が向いてきた。俺がノコノコと新品の自転車に新品の緑のシールをつけて駐輪場に自転車を止めたのだ。樋口は新品の2年生の自転車を発見し、シールのみを頂戴して自転車を移動した。あとは俺の姉のおさがり自転車に俺のシールを上から被せて貼れば、樋口グループの自転車3台が完成するのだ。
ん?何かおかしくないか?1年生の自転車2台から盗んだ1年生シールは“上書き“に既に使用されている。じゃあ俺の自転車に貼ってある赤いシールは元々樋口が持っていたやつか。シールは全員に配られるものだ。樋口が元から持っていてもおかしくない。元から持っているなら何故樋口は1年生2人の自転車からシールを盗んだんだ?
駐輪場を出る前に、存在するであろう、何も貼られてない自転車を探したが、どこにもなかった。
ああ、そうか、そういうことか。1年生2人ってのは樋口とその隣のアイツか。
鍵のかかってない自転車しか盗まれていないのでは簡単に犯人を絞られてしまう。樋口たちは自演してたんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます