13

自転車盗難事件を完璧に解決させ、波上へのプレゼントも無事取り戻した。


大分寄り道してしまったが、これで告白に集中できる。

波上、待ってろ。

告白するってこういう感情なのか、読書では「鼓動が早くなる」「体が熱くなる」「緊張して上手く身体が動かせない」などと表現されてきたが、実際にはいつもよりもむしろ気分が楽だった。「吹っ切れた」という感じだ。もう波上に隠すことはなくなるのだ、と思うと胸の重りが外れ、嘘のように身体が軽い。今なら1時間は全力疾走出来そうな気がする。


波上は教室の自分の席に座って読書をしていた。教室には波上の他に人はいなかったため、何の勇気も要らず、平然と波上のクラスに入れた。波上もどこかスッキリした表情であった。


「波上。」

俺が波上の背後から名前を呼ぶと、波上はニコリと笑いながら振り返った。

「遅いよ。」

「ごめんよ、事件の解決に予想以上に時間がかかっちゃって。」

「犯人は米道くんのバイト先の店長だったんだよね?条件も満たしてたし…。」

「いや、違う。犯人は樋口だ。」


俺は波上に先程の推理を語った。俺は波上の席の側に立って、波上は席に座ったままであった。波上はうん、うん、頷きながら俺の目を上目遣いでじっくり見ながら俺の話を聞いた。


「そっか。樋口くんだったんだね。」

「そうなんだ、樋口のやつ結構頭良いよな。」


俺はここに来て事件の話を引っ張ろうとしていた。ほんの数分まで、いや、ほんの数秒前まで告白の覚悟が出来ていたにも関わらず、俺は告白することから逃げようとしている。


「そういえば、探偵さんってなんで自転車2台持ってるの?」


波上から“きっかけ“をくれた。


「波上に、新しいのプレゼントしようと思ってさ。」

「え?」

「誕生日だよ。明日だろ?4月16日。」

「ホントだったんだ…。」

坂火からバレてると思ったが、まだ疑心暗鬼の状況だったのか。

一瞬思考に入った坂火が、再び俺に勇気をくれた。告白するなら今しかない、と。


「波上……。」

俺は上目遣いをしてくる波上の目をじっと見た。波上も俺の目から視線を離さなかった。


「俺の人生のワトソンになってくれないか?」


ずっと頭の中でシュミレーションし続けたこの告白台詞。坂火には辞めた方が良いと笑いながら止められたが、ここだけは譲りたくなかった。俺と波上だから理解できる、1歩先と1歩後ろの関係。波上のいる教室に向かうまではなんてこと無かったのに「鼓動が早くなり」「体が熱くなり」「緊張して上手く身体が動かせない」。やっぱり本って偉大だ。何も知らない俺に、それが何かを教えてくれる。


波上は少し動揺したようだが、坂火の小馬鹿にした笑いではなく、やや抑えめにニコッと笑った。波上のこの表情は一体どういう感情なんだろうか。本よ、何も知らない俺に教えてくれ。


俺が告白台詞を吐いてから体感30分は沈黙が続いたような気がする。実際には1分も過ぎてないかもしれない。何回も「ごめんなさい」「今のあなたは私には相応しくない」などといった失敗する妄想を繰り返してきた結果、それがたった今現実として自分の身に降りかかろうとしているのではないか、と恐怖した。告白をした、という得体の知れない高揚感と、もう二度とこれまでの関係には戻れないのではないか、という不安で胸がはち切れそうだ。捨てて来たはずの胸の重りが、何倍にもなって帰ってきた。


波上はゆっくりと口を開いた。

この世の全てがスローモーションで動いているかのように遅く感じた。そのくせ、心臓はかつてない程の速さで血液を循環させているし、脳内は、不安やら後悔やら興奮やらで高速回転して正常な思考を邪魔してくる。


「YES!」


一瞬理解出来なかったが、それは波上の声だった。ゆっくりと流れていた時の流れはいつも通りに戻った。

俺は成功したんだ。



教室に二人きり、無音の教室で俺は大勢の観客にスタンディングオベーションを受けるスーパースターのような気持ちだった。

勿論、スーパースターの気持ちなど、俺は知らない。

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