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依頼人は居咲真知子という3年生の女子生徒であった。肩にかからない程度の黒髪ボブで、分厚い真紅の縁で構成されている、小顔には不釣り合いなほど大きい眼鏡をかけていた。


文化祭で俺が一躍有名人になったその日、俺は写真部で探偵活動をしていることを宣伝した。それから数日間は、俺はクラスは勿論、学校全体で面白キャラとして持ち上げられた。そんな時に学校のちょっとした謎や、シンプルに人間関係の相談事、忘れ物の在処など、俺に聞きに来た人たちのことを総じて依頼人と俺は呼んだ。中には俺の推理力を試しに問題を出しにくる人もいた。しかし、俺の名探偵キャラは1発屋の芸人と同じで、飽きられたら扱いは酷いものである。あの時チヤホヤしてくれた人達は自然と周りから居なくなり、何が面白いの?あのノリ寒くね?と言った不評だけが影で蠢いていた。依頼人と呼ばれる人間は昨年の12月以来1度も来ていなかった。


「それで、依頼内容というのは?」

「探偵さん、問題です。」


俺の言葉が聞こえてないのか、聞こえた上でこう返してるのかは分からないが、この類の依頼人か…、と少し残念に思った。


「私はある物を盗まれました。それは片手では持てないほど大きなものです。犯人は私から盗んだものを学校の外に持ち出してしまったのです。犯人は次の3人のうちいずれかの人物です。1人目、Aさん。Aさんは学校の外にいますが、私がある物を盗まれる前から片手を骨折していました。2人目、Bさん。 Bさんは学校の外にいますが、自転車に乗っていたので両手は塞がっていました。3人目、Cさん。でも、Cさんは両手が空いていましたが、Cさんは学校から外に出ていませんでした。犯人がある物を盗む時、道具を使用していません。さらに、犯人は単独犯です。犯人は誰で、どうやって盗んだでしょうか?」


居咲先輩は用意してきたメモを両手で持って、噛まずにスラスラと読み上げた。

ご親切すぎる問題だ。問題文のみで回答が導けるように説明が長い分、難易度は低い。

俺は直ぐに答えに辿り着いたが、みんなはどうだろうか。


「坂火、分かるか?」

「え?なんで私に振るのよ。分かんないけど何か?」


日頃小馬鹿にされている仕返しをしようと思ったが、怖いのでこれ以上触れるのは辞めておこう。怒ると何されるか分からない。現に、俺のスマートフォンの着メロをベートーヴェンの『運命』にしたのは坂火だ。坂火からしたら嫌がらせのつもりなのかもしれないが、俺は結構気に入っている。


「犯人は道具を使ってないうえに片手では盗めないほど大きなものを盗んだってことは両手が使用できないAさんとBさんは犯人ではないからCさんが犯人なのは分かるんだけど、問題はどうやったかだな。」


米道の推理では犯人はCらしい。しかし、Cはそもそも学校から外に出ておらず、学校から外に出ずに片手では持てないほど大きなものを学校外に盗み出すことは可能なのか?


「質問なんですけど、自転車の籠にある物を入れて盗み出した、とかは道具の使用になりますか?」


波上の指摘は全うだった。自転車も解釈によっては道具扱いだろう。だからこそ、俺は答えが分かったとも言えるが。


「残念ながら、自転車の籠は空っぽです。犯人はある物を盗み出す前、道具は一切持たず、手ぶらだったのです。」


「なるほど…。それで居咲先輩は、実際に自転車を盗まれたのですか?」


いきなり核心を付いてきた波上。と言うより最初から分かっていて問題に不備がないか確認を取ったということか。


「正解!私が盗まれたある物とは自転車。Bは私の自転車に乗って学校外に出ていっちゃったの。」


「あー、自転車か。確かに片手では持てないね。」

米道が納得する。


「解くの早いよ〜!流石波上さん。探偵さんは分からなかったかな〜?」


若干煽り調子で馬鹿でかい赤眼鏡でコチラを覗き込んでくる。

即答してやれば良かった。答えが出た今、何言っても負け惜しみにしか聞こえまい。

と、思った矢先、予想外のところからフォローが飛んできた。

「あー、先輩。この人多分分かってましたよ。私に答え聞いてくるあの憎たらしい感じ。」


坂火の口調がほんとに憎たらしいと思ってそうな言い方で怖い。


「ところで居咲先輩、なぜ、私のことを?」

知ってるんですか?は省略されていた。

「波上さんは有名人でしょ〜。ずっと学年1位だし、3年生の中でも頭良いで有名だよ。」


成績上位のランキングは全校生徒確認出来る掲示板に掲載されるから無理もない。いつ見ても1位の名前が同じなら学年が違っても話題になるだろう。


「それは光栄です。それで、居咲先輩の先程の問題が実話なのであれば、鍵を掛けてなかったということですか?」


“道具は使用されてない“のだからそういうことになる。


「そうなの…これ、実話なの。今日部活もなかったから自転車で帰ろうと思ったらなくてさ、よく考えたら鍵かけてなかった!と思って。そしたら善意で事件を解決してくれる名探偵さんのこと思い出して来てみたってとこ。」


久々に初対面の人に言われる名探偵という響き、非常に気持ちが良い。


「でも、これって犯行可能な人物が無限にいるよね?それとも、犯人も問題みたいに3人に絞れてるんですか?」


米道の疑問に居咲先輩は返した。


「問題の通りだったらもう犯人決まってるんだけどね〜。今分かってるのは今朝学校に自転車で来て、私が鍵をかけなかった結果盗まれたってことだけ。犯人の目星とかも一切ついてないの。」


ここで波上の徹底追求が始まる。さっきまで不満そうにしてたが、結構楽しそうでこちらとしても助かる。

「自転車を停めた場所は?」

「駐輪場。校門付近にあるところね。」

「駐輪場のどの辺ですか?」

「駐輪場の入口付近ね。入ってすぐの所に停めたはず。」

「最後に自転車を見たのは?」

「今朝、停めた時。」

「登校したのは早かったですか?」

「いいえ、遅刻ギリギリ。朝のチャイム5分前くらいに登校して、急いで入口付近に適当に停めたわ。焦って鍵もかけなかったのよ。」

「自転車は綺麗でしたか?壊れてたりしましたか?」

「まあ、2年以上乗ってるしそこまで綺麗でもないと思うけど、壊れてはいなかったよ。普通に乗れてたし。」

「学校でオススメされてるものですか?それとも高価なやつとか?」

「学校でオススメされてる普通の奴ね。」


波上はそこで一旦質問をストップした。波上の質問攻めに居咲先輩も少し驚いていたが、坂火と米道は圧倒されたのか、2人して口をポカンの開けていた。


「何か分かった?」

居咲先輩が波上の様子を見ながら話しかける。

「いえ、この段階では何も。」

「そっか。」


波上は思考し、居咲先輩も特に話すことがなくなったので場は沈黙し、気まづい空気となった。


「まあ、探偵さんがなんとかしてくれますよ!ねっ、探偵さん!」


沈黙を破ったのはやはりこの男、米道。


「勿論ですよ、居咲先輩。必ずや解決してみせます。」


「きゃー!かっこいい!」

居咲先輩は両手を合わせて顔の下に持ってきて漫画のようなぶりっ子ポーズを見せながらそう言った。


「あの… 事件解決にあたってお金とか要りますか?」


居咲先輩欲しがりすぎですよ…。

まあ、あげるんですけど。


「報酬は要りません。善意でやっておりますので。」


再び、居咲先輩が「きゃー!」と言いながら笑っていた。俺の決め台詞を1発芸みたいに扱わないで欲しい。









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