善意の名探偵

gyothe

プロローグ

何も知らない

 私が数ある小説のジャンルの中から推理小説にハマったのは必然だと思う。


共感しなくていいからだ。


 読書は別に好きではなかった。漫画を読む方が楽だし、無機質な文字列の中で表現される動きより分かりやすくて迫力がある。学校の図書室が漫画だらけだったらこんなに読書にハマることはなかったと思う。

私には、学校での居場所は図書室にしかなかったから仕方なく読書をするようになった。きっかけはそれだけだ。


 国語の問題で「〜の気持ちを答えなさい。」といった問題が本当に嫌いだった。答えが分からないからじゃない。読書とは「表面上の言葉だけではなく、こうやって登場人物の内面を読み取っていくものだよ」と読書に対する価値観を押し付けられているような気がして気持ちが悪かったからだ。

 その時どう思ったか、なんてどうでもいい。創作上の人物に「ああでもない。こうでもない。」と内面を読み取らなきゃいけない理由が分からない。どうしてもその時どう思ったかを読者に伝えたいんだとしたら、素直に「悲しいと思った。」「楽しい気持ちになった。」そう書いたらいいだろう。こんなことあの人に言ったら、“それは違う“と否定されるのかな。私にとっては“恋愛“も“友情“も“空想でしかない。何を言ったらこう思って、何をしたらこう思って、なんて具体的な正解が存在するなら、本と全く同じことをして私も友情なり、愛情なりを意のままに得ることが出来ているよ。どんなスタンスで読書しようが読者の勝手だ。ただ私は、学校で指導された正しいとされている読書のやり方から抜け出せず、主人公と同じ気持ちになろうと努力し、ヒロインが泣いていれば、主人公と一緒になってなんで泣いているのか思考した。結局、創作上とはいえど、恋人の気持ちを理解できるのは恋愛をしたことがある人、友達の心の痛みを理解できるのは友達がいる人だ。一生懸命妄想して理解した気になる作業、もう疲れたよ。


 あの人が薦めてくれた推理小説にはそれが必要なかった。

「殺人犯の気持ちを考えろ」だなんて一度も学校で問われたことはない。

そもそもそんな問題、誰が「正解だ、不正解だ」と判断するんだ。疑問に思ったことはある。なぜ創作上の殺人犯は、名探偵が犯人だと名指しする前まで平然としているくせに、犯人だとバレた瞬間、被害者面して動機を語りだすのか、と。でも、そんなこと考えても仕方ない。人を殺すような人間の価値観なんか一般的な道徳心を持った人間の価値観で測れるわけがない。

殺人犯の気持ちが分かるのは殺人犯だけでしょ。

あの人は私に「人の気持ちを読むのが下手」だなんて言ってたけど、あの人もきっと同じだ。“愛“も“友“も“悔しい“も“悲しい“も“楽しい“も“面白い“も何も知らないから、普通の小説に共感出来ないんだ。

だから推理小説が好きなんだ。



これから始まるのは何も知らない私と、何も知らないあの人の話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る