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 波上は最初は目を擦って涙が辿った軌跡を消していたが、俺が声を張り上げたことで怒ってるのが伝わったのか、涙が止まらなくなったようで今度は両手で両目を覆った。

流石に申し訳なくなった。冷静に考えるとそんなに怒るようなことでもなかったし、すぐに波上のフォローに回った。


「ごめん、波上。俺もそんな大声出すつもりじゃなくてさ。」


ぐすんぐすんと、音を立てて泣いており、返事はない。

おいおい、どうすんだよ。俺と波上の関係性に亀裂を入れたのも壊したのも俺自身じゃねえか。坂火の怒った顔が頭に浮かぶ。波上は俺のことなんて恋愛対象としてはなんとも思ってないかもしれないが、俺は波上に「俺の人生のワトソンにならないか?」という完璧すぎる告白台詞まで設定し、シュミレーションを繰り返しているほどには意識していた。


「波上泣かないでくれよ。仲直りしよう。」

俺は手を差し出した。


喧嘩に発展するかと思ったが、波上に限ってそんなことはなかった。中学時代の波上とは違うにしても波上は波上なのだ。

波上は今まで目を覆っていた手をポケットから出したハンカチで涙を拭き取って俺の手を取った。


「私こそごめんなさい。」


そう言ってネットで「引き攣った笑顔」で画像検索したら1番上に出てきそうなほど典型的な引き攣った笑顔を浮かべた。

波上の手はそれでも少し濡れており、波上の元の手の冷たさも相まって一層冷たく感じだ。いや、俺の罪悪感がそう感じさせているのかもしれない。


 時刻は18時50分。部室の鍵は19時には職員室に返さなければならないので、校庭側の窓の鍵を閉めた。鍵を返してくる間に波上に先に駅に向かうことを促した。波上は、言われた通り部室を出て外へと向かった。俺はその後ドアの鍵を閉めて職員室へと向かった。

 俺と波上は同じ電車で学校まで通っている。学校から駅までは徒歩15分ほどの距離があり、電車通学の人でも駅と学校を行き来する用であったり、学校帰りに友達と遊びに行く用であったりと自転車を持っている人は多かった。かく言う俺も自転車持ちであり、姉のおさがりの自転車を使っている。今年は春休みの短期バイトで貯めたお金で新品の自転車を購入した。諸事情により、姉のおさがり自転車はまだ駅に置いたままである。待ちに待った新品の自転車である。先日、波上は駅でこの自転車を見た時、「カッコいい」と褒めてくれたが、学校がお薦めするごく普通の自転車である。ごく一般的なものでしかないので、きっとお世辞だ。学校で指定されたシールを貼らなけれず、学年カラーの緑のシールがリフレクターのやや上の目立つところに貼り付けてある。シールには生徒によって違う4桁の番号が記されている。この番号で自転車を判断することができるため、自転車に名前を書きたくないお年頃の我々にとっても好都合である。


 鍵を手早く返却し、先に駅に向かった波上の後を追う。波上は自転車を持っていないので、すぐに追いつけるからこのように鍵を返しに行く間に波上を先に駅に向かわせることが多い。

 この学校は、最北に正門があり、最南に裏門、西に校舎、東に校庭がある。校舎と校庭の間には車一台通れるほどの道幅の道がある。駐輪場は校庭の上に位置している。校舎から駐輪場に行くには、校舎の出入り口から校舎と校庭の間の道を通り、一度正門付近を通過してから、校庭側に右折することになる。


そのため、俺は一度正門付近を通過する必要がある。

波上の機嫌が悪くならないように速足で自転車小屋へと向かった.


その道中で、ある人物を見つけた。

波上だ。

波上は校舎の方を向いて一人ぽつんと立っている。

なぜ波上はまだ学校にいるんだ?



「どうしたんだよ、波上。先駅行ってろって言ったろ?」

「探偵さん…あれ…。」


そう言って波上は指差した。波上の細くてすらっと伸びた波上の人差し指の延長線上には「名探偵部」の部室があった。校舎の外からはカーテンが閉まっており中が見れないがそこは「名探偵部」の部室がある位置だ。


「探偵さん…今さ、電気がついたの。」


おかしいな。俺は確かに消したはずだぞ?そして鍵は職員室に返却したはずだ。



部室は電気がついていた。







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