3

 部室の前に来たが、すぐには鍵は開けない。なぜなら新鮮な現場を波上に見せる必要があるからだ。

「鍵、開けないの?」

坂火が尋ねる。俺はそれを華麗にスルーした。

「米道、あのドアの上にある窓にジャンプして開けれるかやってみてくれ。」

「いくら英介が背高いからって厳しいんじゃ?」

坂火の推測は間違っていたことを米道の飛脚力がすぐに証明してみせた。ただでさえ背の高い米道が一瞬風船かと思わせるようにフワッと浮かび上がりドアと、窓の段差に手を掛けた。懸垂の要領でドアの厚みで出来た窓の前にある空間に上半身を乗せた。

「おお〜!」

女子2人の黄色い声援があがる。しかし、俺は成功して欲しくなかった。なぜならこれから俺が語る推理の説得力が弱まってしまうからだ。

「舐めてもらっちゃ困るよ。香織ちゃ〜ん」

「よっ!日本一の運動神経を持つ帰宅部!」

得意げな米道と、微妙に褒めてるのか分からない坂火。あと、帰宅部じゃない、「名探偵部」だ。


「米道くん、鍵は開いてる?」

波上が尋ねる。

米道はガチャガチャと目の前の窓を開けようとしたが開かない。鍵がかかっているようだ。米道は断念して降りてきた。着地の寸前、またも風船のようにフワッと浮いた気がした。米道は部活を続けていれば、大活躍して、その運動能力を活かした人生を送れていたかもしれないのに勿体ない。


俺が鍵を開けると、4人とも各々の席についた。喧嘩したにも関わらず俺の右隣の席には波上がいた。いや、腕に髪が当たらない。昨日よりは距離が離れている。


「名探偵部」の部室はドアが1つのみであり、窓はそのドアの真反対にあるカーテン付きのものが1つ。ドアの上部にある小さめの窓が1つである。小さめとは言っても人が這って通ることは十分可能に思える。だがしかし、事件から1日開けた現在、窓は2つとも内側から鍵が締められた状態であり、1つしかないドアは鍵がかかっていて開けられない。ドアの鍵は内部から鍵を使わずにかけることはできるが、もしドアを内部から鍵をかけているのなら今もまだこの部室の中に人がいることになる。外部からの侵入は鍵を借りてくる以外の選択肢はない。今の俺たちがしているように。


「これって密室…?」


俺の右隣で波上がそう呟いた。

波上はどうやら気づいていないようだった。


「ねえ、これって幽霊かなんかの仕業なのかな?」

坂火は怯えるようにそう言った。わざとらしい言い方からこの状況を楽しんでるようにも見える。流石の強メンタルだ。坂火は、俺の前の席で椅子の向きはそのままに体だけをコチラに向けて座っている。俺の表情を見てやろうという魂胆さえ伺える。


「ところで、犯人は分かったのかい?探偵さん。」


米道はニヤニヤしながら尋ねてきた。米道は最初から犯人を探す気などないようだ。そして、それは俺も同じである。


「私は英介、怪しいと思うけど〜?だって高橋先生は上の鍵がかかってるか確認してないんだから。私たちには女子2人はあんなところ登るの絶対無理だし〜、探偵さんはヒョロガリだし~。」


坂火がしれっと俺を攻撃した気がするが無視しよう。


「いやいや、香織ちゃん。俺昨日バイトだって〜!あ、昨日長岳先輩もシフト一緒だったし、聞いてみなよ〜。」


「えー!長岳先輩もバイト先一緒だったのー!?じゃあ長岳先輩犯人説もなしか。」


坂火は少し残念そうに言った。いや、長岳先輩が犯人にしたかったのか?もしかするとさっき言ってた幽霊ってのも長岳先輩のことか?


「うーんと、まず整理したいんだけど…。」

波上の推理タイムの始まりか。果たしてどこまで気づいているのか。


「和田先生が嘘をついていないとすると今日鍵を借りた人はおらず、現場は内部からはいくらでも外に出れるけど、外からは侵入できないいわば密室状態。高橋先生が言ってた18時50分頃の電気って、探偵さんと、私がつけてた電気だよね。私が先に出て探偵さんが鍵を返しに行った。それがもう18時50分を過ぎてたから、高橋さんが見たのはその電気のはずだよ。で、そのあと私は駅に向かって帰ろうとしてたところ部室に急に電気がついたのを見た。だから、時系列としては探偵さんが電気を消して鍵をかける→高橋先生が鍵がかかって電気の消えた部室を確認する→犯人が部室に侵入し、部屋の電気をつける→高橋先生が電気に気づき、確認しに行く→気のせいだと思い、引き返す→犯人は部室から脱出→20時に学校が閉まる。のはずなんだよね。つまり、うーんと…。」


波上の推理はここで詰まった。波上は俺に助けを求めて俺の袖を軽く引っ張った。


「うん、高橋先生が見た電気ってのは俺と波上が部室にいた時のものだ。それを踏まえて坂火と米道にも考えてほしい。ちなみにそっちのカーテン付きの窓は俺が施錠した。波上も見ている。」


だろ?と目配せだけすると、波上はうん、と頷いた。


「ちょっと、探偵さん。答えわかってるんでしょ?意地悪しないで教えてよ。」


坂火が心配そうに言う。


「いいこと言うなぁ、坂火。そうなんだ。知っているということは悪なのさ。そして知らないということは善なのさ。そして俺は?」


「善意の名探偵?」

波上が横から尋ねてくる。

「その通り!」

左手を高々と掲げた。


「分かってないってこと?…」

波上が不安がる。

それを見て俺が不安になる。波上に底を測られている気がしてゾワゾワしてくる。


米道は軽い感じで発言してくる。

「まあ、確定事項だけでも言ってこうぜ。とりあえず、犯人は俺レベルの運動神経持ってる人間ってことでしょ。そんなやつ限られてるくね?高橋先生が上の窓を確認してないんだから上から侵入したことになるよね。で、どんなトリック使ったか分からないけど窓に鍵をかけた、と。頑丈な紐かなんかあれば動きそうじゃん。」


確かに上の窓の鍵はクレセント錠であり、数字の9の丸の一部分を切りとられたような形をしている。回して鍵をかけるタイプのものである。紐のようなものを先端に括り付け、角度を調整して引っ張れば回る可能性がある。しかし、角度を間違えれば窓は鍵がかかってないため紐を引っ張ることで閉じていた窓が開いてしまう可能性がある。暗闇の中でするのは困難だ。さらに今現在先端に紐が残っていない。簡単に解けるような結び方をしていたのなら、紐を引っ張る段階で解けていそうなものである。


「英介レベルの運動神経で、そんなことやりそうな人いる?」

坂火の疑問はもっともだ。米道レベルの運動神経を持った人間は、いるのならば運動部だろう。少なくとも俺には運動部に仲良いやつも仲悪いやつも居ないが?何よりこの状況、昨日俺が波上に言った状況に似ている。普通に殺せるという状況で密室殺人を行うことはリアリティがない。なぜ、犯人は密室を維持したのかだ。上の窓から侵入したとして、ドアは内側から鍵なしでも開けることができる。「名探偵部」の部室の中に用があるだけなら、上の窓から侵入し、内側から鍵を開け、そのまま逃走すれば良いのだ。密室を保った理由は普通に考えれば、先生に怒られるからだ。しかし、「名探偵部」と何も関わりがない人間が鍵かけずに出ていこうが怒られるのは「名探偵部」であり、鍵を返却した俺である。つまり、犯人は俺、及び俺に怒られてほしくなかった俺付近の人間ということになる。俺はそこまで親しい人間がいるわけでもないし、俺付近の人間となると「名探偵部」の部員に限定される。その中で米道レベルの運動神経を持っているのは米道英介ただ1人だ。しかし、米道英介はその日バイトに行っている。証言も取ろうと思えば取れそうだ。


「うーん。俺と同等か…。1年の樋口とか?」

「あー。不良のね、なんかめっちゃ遅刻してくるとからしいじゃん。」

坂火も見た目に関して言えばだいぶ不良じゃないか?というツッコミは心の奥底に閉まっておく。

「今日も遅刻してきたらしいぜ。同じクラスの木口が言ってた。」

「木口くんと、樋口くん仲良いよね。」と、波上。

「へぇ〜、2年にも仲良い人いるんだ。マリエ詳しいね。」

「木口も大分不良だからな〜。最近じゃ木口と樋口となんかもう1人1年でよく遊んでるらしいぜ。俺のバイト先一年もいるから結構情報入ってくるんだよ。樋口めちゃくちゃ足速いらしいぜ?体育で凄いタイム出したとか。」

「今の時期の体育ってどの学年も校庭使ったランニングだもんね〜。あっ!明日体育だ。萎える〜。」

1年の樋口。一切1年と接点のない俺でさえ顔と名前を知ってる有名人だ。まだ新学期明けて何日も経ってないのに既に不良で有名の遅刻魔って、ほぼ毎日遅刻してるだろ。坂火と米道の話を聞きながらそんなことを思った。



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