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 俺が部室に来てから20分が経過した。

しかし、現在部室にいるのは俺1人である。俺は自分の人望の無さに虚しくなる。決して仲が悪いわけではない。むしろ仲は良い方だ。既に2人からは欠席のLINEが来ている。


米道英介「ごめん!今日バイト!」

坂火香織「ごめん!今日買い物行くから私も行けない!」


残りの部員はあと2人。3年生の長岳歩野華先輩と同級生の波上マリエである。

長岳先輩は「名探偵部」で唯一の3年生でありるが、部活に来ることはほとんどない幽霊部員である。そのため最初から来ることを期待していない。しかし、波上は来てくれるのではないかと期待していたが、部室のドアは既に20分間沈黙を貫いている。


 波上とは中学3年からの付き合いであり、唯一俺と推理小説について語りあってくれる友人である。

我が校は全員が部活に所属しなければならない。そのため、帰宅部がないからほぼ帰宅部の「名探偵部」に入るという生徒が多い中で、波上は俺が入るからという理由で「名探偵部」に入部した。

波上にとって俺は特別な存在なのだ。それは中学時代から自覚している。


 波上は中学の頃、同学年の女子と仲が良くなかった。いじめられているというわけではのだが、確実に好かれてはいなかった。しかし、波上は原因がわからないらしい。知らず知らずのうちに嫌われて、気づいたら1人になるようになったなのだという。俺が波上に相談を受けたのはもう中3の後期で、受験期だった。俺が波上の普段の様子と波上から相談された際に聞いた話から推測するに、波上は人の感情を読むのが下手なのだと思う。他人が怒ってるのか、悲しんでるのか、楽しんでるのか、波上には分からないんだ。だから、イライラしている人に無神経に話しかけたり、悲しんでる人を小馬鹿にしたり、友達同士で談笑しているところに全く仲良くないのに混ざっていったりしてしまう。空気読めないの部類ではあるのだが、波上はそれで女子たちが怒っているのすら、気づけていない。波上は目鼻立ちがしっかりした綺麗な顔つきで男にモテていたり、常に学校のテストでは上位に位置し続けたりする高スペックっぷりも同学年の女子たちの癪に触ったのかもしれない。

 中学の時に俺はそれを波上に説明したことがある。波上は「うん。うん。」と俺の言うことを否定することなく頷きながら聞いていた。俺は波上に読書を薦めた。波上は勉強が出来るのだ、多くの本を読んで他人の感情を学習したらいいと。本は他人の人生経験が詰まった貴重なサンプルだ。ノンフィクション作品に限らず、フィクション作品でもその作者の人生経験が登場人物の感情や物語の背景などに反映されていると思う。中学時代の俺からすればそれが正解だったのだが、今思うとそれが正解だとは思えない。結局、多くの人と話すのが1番良いに決まってる。当時の波上はその提案をすぐに受け入れた。その後波上と俺はよく本の話をし、よく一緒に帰った。波上は俺と一緒にいる時はいつも俺の一歩後ろにくっつくようについてくるようになった。まるで磁石のようである。しかし、決して俺の隣に来ることはなかった。同学年の女子から距離を取られ、居場所を失った波上の居場所は俺の一歩後ろで定まったのだ。

 

 今の波上は当時よりもずっと感受性が豊かであり、俺の言うことを肯定するだけのイエスマンでもなくなっていた。最もそれは読書をおかげというよりは同性の坂火と仲良くなってからだろうが…。

学校の時間は1時間目から下校までずっと波上は俺の一歩後ろにぴったりとくっついていたが、最近では部活の時間くらいである。波上が俺の一歩後ろ以外にも居場所を見出したのはとても良いことで喜ばしいことだ。だが、それは波上は特別な存在としての俺のことを不満に思い始めているからではないか、と俺の中で不安になっている。このままでは俺と波上の関係性が崩壊するのではないかということを最近危惧している。


昔の回想に耽りつつ、現在の不安も心の内で吐露したところで、部室のドアが20分越しに声を上げた。






     

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