8

俺は部室にいるはずの坂火に、波上のスマートフォンで電話をした。

10数秒経って繋がった。


「もしもし、坂火か。もしかして波上そっちに行ってないか?」

「ごめん、バレちゃった。」

「あー、マジか〜。」

「ごめんね。その、色々。」


なんだ、こいつ泣いてるのか?少し鼻声だった。

「いや仕方ねえよ。めっちゃ演技美味かった。」

少し返事が遅かった。

「探偵さんのこと、結構好きだったよ。」


鼻をすすりながら絞り出すように坂火は言った。その言葉が聞こえると直ぐに電話は切られた。


俺は今告られたのか?

坂火が俺にそんなこと思っていたなんて一切気づかなかった。

坂火は知っているんだ。



波上に告白することを。

坂火にはよく恋愛相談をした。告白の練習までしたことがある。目を逸らしたり、弱音を吐いたりすると、怒った。着メロを「運命」に変えられたのもこの時だ。お前一体どんな気持ちで聞いてたんだよ、この「運命」。

坂火の鼻声がフラッシュバックする。坂火の泣き顔…想像出来ないな。


ごめんよ坂火。俺には波上しかいないし、波上にも俺しかいないんだ。

無駄にはしないよ。お前との告白練習。


「香織ちゃんなんだって?」

「バレたらしい。」

「あちゃー。バレちゃったか。」


まあ、波上を騙し切れるとは思ってなかったし、仕方ない。「私に何か隠してることない?」と聞かれたのは2日前だったか。もうこの時にはある程度は気づいていたのかもしれない。波上は鋭いのか、鈍いのか、分からない。ただ、思い込みが激しいのは確かだ。本当に鋭い人間なら知らないことにして、その日を待ち望むべきだろう。

 それはそうと、俺は米道に謝らなければならないことがある。

「自転車の件、すまなかった。」


ああ、と米道は笑顔を作る。

「もう俺の無罪は証明されたのかい?」

「ああ、犯人は樋口。単独犯で確定だ。」

「え?樋口は今日連続自動車盗難事件に便乗しただけじゃないの?犯人は自動車を使って盗んだんでしょ?樋口はまだ高校1年生だよ。」

「詳しくは後で話す。俺、波上に会いに行くわ。」


スマートフォンを返さなければ行けない、それに坂火の涙ながらの告白を無視する訳にも行かない。普段あんなこと言わない奴だ、今直ぐにでも波上に告白しなければ坂火の告白を軽視するようで俺の善意が許さない。


俺が神妙な顔つきをしたせいか、米道も悟ったようだ。

「今日言うのかい?本番は明日の予定じゃ?」

「事情が変わったんだ。」

「そっか。しっかり決めてこいよ。」

米道は拳を突き出した。こういうの現実でもあるんだな。

米道の拳と俺の拳がコツンと衝突した。

ついさっきまで、犯人扱いされていた友人と友情の拳を交わした。米道はどこまでも良い奴だ。本来なら縁を切られてもおかしくないことまで言ってしまった。米道も坂火も、これからもっと、大事にしなければならないな。

「自転車は良かったのかい?」

「もういいんだ。犯人が分かったんだからそのうち帰ってくるさ。それに、“新品の方“は盗まれてすらいない。」

「え?」


もちろん俺の推理が合っていればだが…。




「今度、店長にも謝りにこいよ。俺からも謝っとくからさ!」


そう言いながら店の前で米道は手を振って告白へと向かう漢を見送った。


俺は背を向けながら右手を上げて無言で応えた。悪いな米道、明日なんか奢るわ。



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