10

波上の誕生日は4月16日。だから俺は波上のスマートフォンの暗証番号が0416の時、“そのまんまかよっ“と笑いたくなった。

学期開けテストが終わって1週間もなく波上は誕生日を迎えるため、俺がこの計画に動き出したのは春休み中からだった。いや、この春休みが全てであったと言っても良い。

まずは学力の向上だ。波上は俺が成績上位のランキング表に載らないことに、いや、波上より上の順位に居ないことに不満に感じているに違いない。俺は別に手を抜いてるわけでも勉強をサボっている訳でもない。中学時代の勉強量で上位に入れないくらい勉強難易度もほか生徒のレベルも上がったのだ。俺と波上は実家から電車で30分かかる県内トップクラスの文武両道を掲げる進学校に進学した。それは大学進学の為、と言うよりも、同じ中学の生徒が通わなそうな高校を選んだという理由の方が大きい。波上からしたら他の女子との関係性を高校からリセット出来るかもしれない。

そんな理由であったがために周りの本気で勉強しに来てる生徒と、本気で勉強させに来てる学校側のレベルの高さで中学時代首位を走り続けた俺の無敗神話は一瞬で泥まみれになった。その一方で波上は中学時代常に2位だったが、常に1位だった俺が勝手に転んだため、順位が1つ繰り上がって1位を取り続けた。波上には高校のレベルの高さに一切影響されなかったのだ。俺とは違って天才なんだろうな。中学時代、波上が抱いていたであろう波上の1歩先を行く天才の俺は高校時代で幻想となって常闇に消え去ったに違いない。どんな気持ちで高校1年間、波上は俺の1歩後ろを歩き続けたのか。そのポジションは中学時代と変わらず心地よいものだっただろうか。間違いなく波上は不満に感じている。こないだ口喧嘩した時に波上は“教養がない““難しいトリックが分からない“とハッキリと俺に苦言を呈した。その時、俺は今すぐにでも学期明け試験のランキングを出してくれ、と心から思った。波上のこの不満を解決するには、もう1度俺が波上の1歩先を行く天才へと返り咲くしかないんだ。春休みは予定のない時間は全て勉強に費やした。これが、俺の計画の1つである。


春休みに取り組んだことはもう1つある。短期バイトである。春休みの長期期間中のみ主に学生を雇用の対象とした短期間だけ募集しているバイトである。普段の俺が、如何に体を使わず、如何に体力の無い非力な人間かということを、この短期間だけで十二分に思い知らされた。おばさんのパートの人と仕事時間と仕事内容が被って一緒に仕事をしたことがあった。おばさんのパートの人と同じことをしているのに、俺はヘロヘロに疲れて、おばさんは元気なままケロっとして元気に挨拶して、仕事場を去っていった。俺は社会じゃ役に立たない、社交性のなさも、出際の悪さも、純粋な体力不足も。バイトのことを思い出すと苦い思い出しかないのでこの辺で割愛しておこう。俺がバイトしてでもお金を貯めた理由は波上に自転車をプレゼントするためであった。そのため、俺は新品の自転車を購入するも、未だに駅に姉のおさがり自転車を置いたままにしておいた。波上にプレゼントした後は、俺は変わらずおさがり自転車に乗って波上と自転車で登下校を共にする、というのが俺の理想である。波上は自転車を持っておらず、登校も下校も最近歩きである。そのため、同じ時間の電車に乗って登校した時も同じ時間の電車に乗って下校する時も、中学時代のように波上が1歩後ろをくっつくということはなくなっていた。部活のみんなでどこか遊びに行く時も波上1人自転車がないので少し不便である。こないだ波上自身も「自転車がないから…」と言っていた。あの時は買って良かった、喜んで貰える。と思った一方で自転車泥棒をどうにか捕まえて、自転車を回収しなければならないという強い気持ちを抱いた。


坂火と米道はというと、誕生日会当日の為に動いてくれた。坂火は学校明けテストが終わると部室を飾りつけるための買い物へと出かけた。そのため部活には来れなかった。今日は部室で波上には内緒で誕生日会の飾り付けをしているはすだ。米道は誕生日を祝うケーキを作ることになっていた。そのため波上の好みを聞いておく必要があった。その役割を果たしたのは坂火だった。坂火は波上から「チョコが好き」と言う言質を取る事に成功した。その後、半ば強引に「イチゴパフェ」で注文を統一したのは、2日後の誕生日会当日でチョコケーキを食べることが決まったからチョコレート以外のものにした方がいいだろうと言う坂火なりの配慮だろう。


そして誕生日会とは少しズレるが、俺にとってはメインイベントである“告白“も誕生日会当日に行うことになっていた。坂火にも米道にも共有済みだ。坂火は積極的に協力してくれただけに、今日の坂火の告白は俺には刺さった。

中学時代から波上のことを意識はしていた。これが好きだと言う感情だと認識するようになったのは波上が俺のイエスマンじゃなくなった辺りからだろうか。俺の1歩後ろにい続けると勝手に思い込んでいた波上が俺から少し遠ざかったような気がして、俺は危機感と同時に、離れてわかる恋心のようなものも感じた。


離れていかないでくれ、ずっと俺の1歩後ろにくっついていてくれ、俺がお前の1歩前を歩くのに相応しい人間になってみせるから。これが俺の今の本心である。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る