第4章 善意の名探偵

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私があの人に相談したのは中学3年生の時だった。あの人には学年1位で私より頭が良いから、という理由で相談に乗ってもらったが、実際の理由はそんなのじゃない。私とあの人は同類だと思ったからだ。私は友達もおらず、居場所が図書室にしかない。周りからは寒い目で見られ、聞こえるような声で悪口を言われたこともある。あの人だって同じだ。友達もおらず、いつも図書室にいる。「自分は名探偵だ」などと言っており、周りからは寒い目で見られ、悪口を言われてるのも聞いたことがある。あの人は私と同類のはずなのに、苦しそうな表情1つせず、堂々と生活している。あの人はきっと周りが気にならない人なんだ。どうしたら周りの目を気にせず生きれるんだろうか、疑問に思ってあの人に接触するようになった。あの人は私に「人の気持ちを読むのが下手」と言った。これは正解だと私は思う。日々流れていく生活の中で昨日まで楽しく話していたはずの女の子が、今日になって私のことを無視するようになった。昨日まで、隣の席で勉強を教えてくれと言ってくる女の子が、今日になって席の遠い違う子に教えてもらうようになった。そんなことは1度や2度じゃない。国語の時間で教わった「行間を読む」という難しすぎる問題も、この現実よりは簡単なように思えた。前後の文章が私の生活ではゴッソリ切り取られているのだ。それはきっと「人の気持ちを読むのが下手」だからだ。私以外の人間なら、相手の気持ちを読み取いて、前後の文章は豊富になっているはずだ。私の日常という本は事実の列挙ばかりで、あまりにも文章がスカスカだ。


あの人が周りの目を気にしていないのはあの人が「客観的に自分を見るのが下手」だからだと思う。あの人は常に自分が主人公で、自分の言ったことが正解であると思っているのだ。私は始めの方は、あの人の意見に「それは違う」と反論して見たが、あの人は自分の意見を一切曲げることがなかった。それからは私はあの人に反論することは無駄だと分かり、あの人の意見に肯定するだけのイエスマンとなった。あの人の自分が絶対だという主人公スタイルは正直憧れたし、カッコイイと思った。私もあの人みたいに周りの目を気にしなく生きれたらこんなに生きづらくないのに。


あの人と何回か一緒に下校した。それから、周りの声が少し変わった。今までされてきた「私」への個人攻撃ではなくなり、「私とあの人」をセットにして攻撃されるようになった。

「あの二人付き合ってんの?」

「類は友を呼ぶってやつかな?」

「気持ち悪いやつ同士お似合いだろ。」

こんな感じで「私とあの人」は同じ括りで冷笑された。あの人はこのことを気にしていただろうか?私はというと、とても嬉しかった。今まで私個人に向いていた悪口が、あの人が一緒に受けてくれている。悪口を言われてるのだから変わらない、と思うかもしれないが1人と2人じゃ全然違う。あの人の存在が、私の心に安らぎをくれた。


それからというもの、私はあの人に依存した。あの人後ろにベッタリと張り付いて歩くようになった。それが周囲の人間の神経を逆撫でしたらしく、より一層気味悪がられ、2人セットにした悪口が飛び交った。それでも私は良かった。セットにされず、1人で攻撃されてきた過去に戻るのが怖くて私は可能な限りあの人に張り付いた。あの人の隣ではなく1歩後ろにポジションを置いたのはあの人へのせめてもの配慮だ。あの人は、私のせいで思いもよらぬ悪口を受けている。あの人は私に文句を言ってきたことは無いが、それでも気分が良いのもでは無いだろう。ただでさえ私は人の気持ちを読むのが下手なのだ。あの人に嫌われてしまったら私は終わりだ。そんなあの人への気持ちの配慮から、何となく隣に居ることは気が引けた。


高校はあの人と同じ高校を選んだ。県内トップクラスの偏差値だったが、あの人と私なら問題なく合格出来た。その高校は中学時代の私を知る人が少なく、心機一転新しく人間関係を築けるチャンスだった。しかし、あの人に張り付くことでしか学校生活をやり抜くことの出来なかった私に、新しく正常な人間として人間関係を築くことなど出来ない。高校生に行こうが、私が「人の気持ちを読むのが下手」なのは変わりないからだ。それにその時には既に1人攻撃されるのを避けるために利用していただけのあの人に心奪われていた。周りが「付き合ってる」「お似合い」と冷笑し続けた結果、本当にそうなればいいのに、も気づけば思うようになっていた。

あの人は「写真部」に入部した。私も当然「写真部」に入部した。中学時代を知らない人間でも、噂になるくらいには私とあの人は一緒にいた。悪口を言われている訳では無いのに一緒にいるのだ。私はもう悪口関係なく、1歩後ろにい続けたいと思っていた。いや、それは嘘か。恋心が芽生えていたのは本当だが、それでも主目的はやはり、いつ始まるか分からない個人攻撃への保険だ。今は大丈夫だと思っても、急に悪口を言われ出すかもしれない。なぜなら私の日常には前後の文章がゴッソリと抜け落ちているからだ。

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