エピローグ

何も知らない

 香織は何も知らない私に色んなことを教えてくれた。“面白い““楽しい““悲しい“、友達が出来て初めてその意味を理解できた気がする。今まで私が体験してきた感情は“面白い“よりの“無“、“楽しい“よりの“無“、“悲しい“よりの“無“だ。どこまで行っても私は無感情の範囲内でしか感情を移動出来ていなかったと思う。香織は私を“無“の外側に連れて行ってくれた。そんな香織だが、今日は、友達に裏切られた時の“怒り“と、私の長年のテーマであった“殺人犯の気持ち“を教えてくれた。香織はなんでも教えてくれる、私の大親友だ。友達に裏切られた時の“怒り“というものは、周りを見れなくすることが分かった。今思うと、香織が言っていた誕生会、というのは正当性があった。部室の中は既に飾り付けが始まっていたのだ。私は確かにそれを目にしていたのだが、それが誕生会の飾り付けだと認識出来たのはあの人が新しく買った自転車は私の誕生日プレゼントだ、と言った時だ。頭から完全に抜け落ちていた視覚情報がフラッシュバックする。私はなんて馬鹿なことをしてしまったのか。私は香織に懺悔しても仕切れない。私は香織の顔面を蹴った後、気絶した香織を見て慌てて先生の元へ行った。先生には、「香織が何者かに襲われていた」と嘘をついて、救急車を呼んでもらった。この期に及んで責められることを恐れたのだ。香織は命に別状はなかったようだが、親友に対して私は最低なことをしてしまった。


もう後戻りは出来ない。世間からも、当然香織からも、そしてきっと、あの人からも、私は攻撃されるだろう。私はあの人という防御を失い、ノーガードで攻撃を受け続ける。中学校の時よりもそれは遥かに酷い気分になるに違いない。怖い、あの人が私の隣からいなくなることが。怖い、あの人に責められることが。怖い、香織がもう下の名前で呼んでくれなくなることが。怖い、米道くんに軽蔑されるのが。怖い、怖い、怖い。


私は隣で電車を待っているあの人の背中をドンっと押した。あの人は線路へと落ちた。迫り来る電車、もうあの人は助からないだろう。でも、心配しなくても大丈夫、私が一生隣にいるから。2人一緒なら怖くない。怖くない!


その日、私はあの人と一緒に電車に轢かれて死亡した。多くの電車利用客が、人に迷惑かけるな、と批難するだろう。でも大丈夫。私はあの人と一緒だから。あの人とセットなのだから。2人ならきっとどんなことも乗り越えることができる。今日の出来事をあの人に知られなければ、知られさえしなければ、あの人とは愛し合ったままなのだ。私にはこの選択肢しか残されてなかった。



これは何も知らずに親友を傷つけた私と、何も知らずにそんな私を愛したあの人の物語。

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善意の名探偵 gyothe @hongwrite1

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