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 それとは別に、あの人にずっと不満だった事がある。自転車に乗っていることだ。私は一切自転車を買わなかった。理由は決してお金がないからではない。あの人の一歩後ろにくっついて歩きたいからである。しかし、あの人は高校に入るとすぐに、姉の自転車に乗った。それからというもの、あの人と私が一緒に登下校する頻度は減った。あの人が、私の歩くスピードに合わせて自転車を引いて一緒に下校してくれらこともあったが、同じ道で同じ電車で帰るのに別々に帰ることもあった。不満でしかない。あの人が自転車を引いて一緒に歩いている時でさえ不満だった。本来その自転車がいるポジションは私なのだ。私は自転車にあの人を奪われた、と自転車に嫉妬した。あの人は今年になって自転車を新しく購入した。シールもきちんと張り替えていて「カッコいい」などと適当に反応してしまったが、心の奥底ではチャンスだと思った。


樋口という有名な不良が一年生にいることは人脈がほとんどない私ですら知っていた。樋口は遅刻魔らしい。私は偶然、樋口が職員室前で遅刻の説教を先生から食らっている際に「自転車を持ってない」と先生に言い訳を言っているのを聞いた。こいつは使えると思った。


学期明けテストが終わり、その放課後あの人からグループラインに「本日開催、参加自由」と端的なメッセージが来た。部活にはすぐに行きたかったが、行く前にやることがある。私は樋口に会いにいった。

樋口という男はヒグマのような大男で対面した時の威圧感は異常だった。でも、そこまで怖くはなかった。欲に従順だからだ。私が「自転車欲しくない?」と後ろから話しかけた時は、食いつくように反応した。私でも感情が読みやすい。何を考えているか分からない人が1番怖いとはよく言ったものだ。

「それで?自転車くれるの?」

「持ってないからあげられない。ごめんね。」

「なんだよ、冷やかしかよ。」

「違うよ。盗む方法考えたの。鍵のついてない自転車を盗むの。」

「は?そんなの俺でも思いつくわ。」

「でも、樋口くんがやったらすぐバレるでしょ?私の方法ならバレない。」


私は樋口に、遅刻時に鍵の付いてない自転車を見つけて、学校シールを上から貼って駐輪場内で移動しておき、放課後に回収するという盗み方の提案をした。学校シール1枚必要であるため、私は駐輪場に、“緑の2年生シールを貼ってある新品の自転車“があるからあそこから剥がして、違う場所に移動するようにいった。私の狙いはこれである。あの人と登下校するため、あの人のすぐ後ろにいるため、私が個人攻撃されるのを避けるためには、あの自転車は邪魔すぎる。自分でやっても良いのだが、バレたらあの人の信頼を失うというリスクと、樋口という男を利用するリスク、を天秤にかけた時、樋口を利用した方が良いと思った。樋口の罪がバレて、私のことを告発たとしても私は一台も自転車を盗んでもいないし、移動してもいない。それに樋口の言うことを先生たちがまとも信じるとは思えない。私は一年間この学校で成績トップだし何も問題を起こさず真面目に過ごしてきたのだ。私が樋口の告発を否定した場合、どっちを信頼するかなど一目瞭然だろう。しかし、樋口は強欲な男だった。樋口は自分と、木口という2年生と、“ツレ“の1年生の3台分自転車が欲しいと言い出した。樋口と“ツレ“は未使用の赤シールを、木口は未使用の緑シールを家に置いているらしい。赤シール2枚と、木口の緑シール1枚で一応3台分の自転車を盗むことが出来ることになってしまう。それは本末転倒だ。私の目的はあの人の自転車を駐輪場内に隠して一緒に登下校することなのに、樋口はあの人の自転車のシール抜きで計画を達成してしまう。そのため、私は樋口に提案をした。そしてこの提案はあの人の自転車があの人に見つけられない強化策でもある。

「でも、鍵のついてない自転車が盗まれたってだけだと樋口くんすぐに疑われるよ?樋口くんってただでさえ不良で有名な上に先生に自転車持ってないって言っちゃってるじゃん。」

「確かに、そうだな。どうしたらいい?」

「鍵のかかっている自転車からシールを剥がそう。そして剥がした自転車に樋口くんたち3人のシールを貼るの。」

「ん?どういう事だ?」

「まず、私がさっき言った“新品の2年生の自転車“から緑シールを剥がして、樋口くんの赤シールを貼って、駐輪場内で移動させる。次に1年生の鍵のかかった自転車からシールを剥がして、さっき剥がした2年生のシールを貼って自転車の場所を移動させる。これで鍵のついた自転車が2台盗まれたことになるから、犯人は車を持っていると予想され、学生ではないと判断されると思う。それなら樋口くんは容疑者じゃなくなる。樋口くんは先生に自転車持ってないとか言っちゃったんだし、先生に自転車盗まれたから持ってなくて、新しく買った、とか先に言っとけば?それから、剥がした赤シールと木口くんの緑シール、“ツレ“さんの赤シールを上から被せて貼れば完成。最初は“新品の2年生の自転車“から緑シールを剥がして、樋口くんのシールを貼るのよ。分かってると思うけど、一年生の自転車のシールを剥がして一年生のシールを上から貼っても意味ないからね。このシールは時間が経つと剥がれにくくなるから、剥がれやすい2年生の新品の自転車は貴重だよ。だから、真っ先にやらなきゃだめ。」

「なるほどな。2年生の新品の自転車とやらがあるのは確かなんだな?」

「確か。」

「OK。乗ったぜ。だが、裏切ったらいくら女とは言え容赦しないぜ?」

「本当に理解した?尻拭いはしないよ。まずは辛抱強く、鍵かかってない自転車、1台探してね。」

「明日も遅刻するから、その時にするわ。」

樋口が後ろを向いて去っていった。その背中も大きかった。

しかし、大掛かりな計画ではあるが、実際は鍵のかかっていない自転車を放課後に乗って帰るだけである。そのため、3台盗むには鍵のかかっていない自転車が3台必要になる。私の計画は1台のみで良かったが、樋口は3台盗む気だ。3台も鍵のかかっていない自転車があるかは時の運だろうな、と思った。私からしたら盗めなくても関係ない。あれだけ念を押したんだ、鍵のかかってない自転車1台でも見つかればあの人の自転車は樋口の手によって隠される。そして、私は中学時代同様にあの人の一歩後ろに戻ることができる。別に明日1日で決める必要はない。樋口が自転車を欲しいと思っているうちは鍵のかかってない自転車を探してくれるだろう。樋口は欲に忠実なのだ。私がなぜこの計画を樋口に持ちかけたのかすら、樋口は私に尋ねて来なかった。


居咲先輩が依頼人として部室に来た時は作戦が成功した、と聞き込みしつつも喜んだが、居咲先輩とあの人が2人で張り込みする展開になりかけて、不満になった。


その後、あの人と香織と米道さんより先に駐輪場に入ってグルっと一周して“新品の2年生の自転車“がパッと見、見当たらなかったので、あの人たちに見えないように小さく微笑んだ。


その後、あの人は走って駅に来た。あの人は「自転車を盗まれた」と言った。成功したのだ。私は心から喜んだ。


あの人はその日の帰りの電車で、「犯人は自動車を使用した。」と推理した。あの人は正門にビデオカメラを設置する、と言い出した。ここまでは予想通りだし、思惑通りである。


しかし、次の日予想外のことが起こった。鍵付きの1年生の自転車が2台盗まれた、との情報をあの人から聞いた。1台は昨日盗まれたとのことで、これは計画通りである。もう1台はどういうことなのだろうか。詳細を知るべく、後日高橋先生のところへ行くとなんと盗まれたのは樋口だと言う。高橋先生曰く、「前は自転車持ってたけど今日盗まれた、で、新しいの買った。」と樋口は言ったらしい。高橋先生は「シールあげようか?」と聞いたところ、「シールは貼ってなかった」と答えたらしい。これは樋口が完全にやらかしている。確かに「盗まれてなくしてしまった自転車を新しく買った」と、疑われる前に学校に報告するように薦めたのは私だが、なぜ盗まれた日を今日にしたのか。それでは以前先生に説教を食らっていた時の「自転車持ってない」発言と食い違いが起きる。どちらも事実だとすると、樋口は自転車を短期間で2回手にしてしまっている。説教を食らっていた先生と、自転車を盗まれたことを報告した先生は別であるため、まだ気づかれていないのだろうが、バレるのも時間の問題である。樋口は切り捨て確定だ。


私が樋口のやらかしでバレることを危惧する一方で、あの人の推理はとんでもない方向に向かっていた。あの人が出した結論は「写真部の中に内通者がおり、実行犯はその保護者」だった。とんでもない推理ではあったが、真実と遠いことに安堵する。私も適当にあの人に同意しておいた。


あの人は次にGPSを用いた作戦を私に提案する。あの人は完全に提案する相手を間違っていたが、再び自転車を盗みに来るというところはあっていた。なぜならまだ、2台しか盗めていないからだ。樋口はもう1台盗みにくる。鍵をかけずに置いておけば確実に樋口は盗むだろう。それに、あの人の姉の自転車のシールは黄色。樋口たちの手持ちのシールなら、どのシールを被せても問題ない。ただ、私はあの人の作戦を聞いた段階で、完全にこの事件から熱が冷めてしまった。あの人は“まだ、姉の自転車を駅に置いていた“のだ。あの人は新品の自転車が盗まれた後は、私の一歩前を歩いてくれていたが、あの人にはまだ自転車に乗るという手段が残されていたのだ。私はこれで完全に樋口に協力する理由も、楽しかったあの人との登下校も失った。私はその作戦に乗っかることにした。勿論、協力しない選択肢もあった。しかし、その作戦に協力することには、一度見せてと頼んだけれど断られた“あの人のスマートファンを見れるかもしれない“、という大きなメリットが存在した。



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