10

 俺は走って波上を追いかけるが、所詮帰宅部と変わらない運動量の部活の人間である。2分もしないうちにぜえぜえ息を吐きながら歩いていた。


駅には姉のおさがり自転車が置いてあるので、明日以降も登校は困らないが、なんとしてでもあの自転車を奪い返してやらねばなるまい。なんとしてでもだ。


駅に到着すると、波上がキョロキョロと俺を探している。人にぶつかりそうで危なっかしい。波上が俺に気づき、こちらに向かってきて、俺もまた波上の方へと歩いた。


「探偵さん、何してたの?」

ちょっと怒ってる?

「それがさ、自転車を盗まれたんだ。新しく買った自転車だよ。」

「え!?探偵さんのも?」

波上は驚きを見せる。少し喜んでいるように見えた。声が弾んでいた。

「なんでそんな嬉しそうなんだよ。」

「え、だって久しぶりに明日から一緒に帰れるかなって…。」

!?

なんて可愛いやつだ。波上の居場所はやはり俺の1歩後ろなんだ。そうに違いない。だが、しかし、俺には姉のおさがり自転車がある。

「今日だって、本当は米道くんのバイト先のお店行きたかったんだけど、私だけ歩きだからみんなに迷惑かけちゃうかなって。」

なんだ、そんなことで渋っていたのか。米道のバイト先はあるいても精々10分程度の距離だし、気にする必要なんか全くないのに。でも、波上が米道のバイト先に行くことを渋っていた理由が大した理由ではなかったので少し安心した。

「だから、明日も正直憂鬱だったんだけど、探偵さんの後ろ歩けるなら嬉しい!」

本当に嬉しそうにしていて、姉のおさがり自転車があることは言い出せそうもない。しばらくは秘密にして、徒歩で登校することになりそうだ。


「まあ、それはそうと今回俺の自転車が盗まれたことで自転車泥棒は大分絞り込めそうだ。」

「ほんと?」

「ああ、俺の自転車は居咲先輩と違って鍵をかけていたんだ。」


俺はそう言ってポケットから自転車の鍵を出して波上に見せた。


「つまり、犯人は学生ではない。」


俺と波上は電車の中でもお互いの推理を言いあった。

「探偵さん、学生ではないっていうのはどうして?」

「鍵がついてない自転車じゃ遠くまで運ぶことが出来ないだろ?おそらく犯人は車を使用している。」

「なるほど、じゃあ樋口くんが犯人の可能性も消えたわけか。となると、犯行時刻は樋口くんが登校した後から、居咲先輩が下校する前までってことになるね。」

「そうなる。犯人が自転車を用いて泥棒を行ったということはある程度計画性があるとみている。突発的に学校に侵入し、駐輪場から自転車を盗もうとはならないだろうからな。」

「これが同一犯でない可能性は?」

「なくはないが、同じ日にたまたま自転車2台も泥棒されるとは思えない。1つは鍵のかかってない自転車で、もう1つは新品の自転車だ。ある程度吟味して盗んでると思う。」

「1つは移動用でもう1つは転売用?」

「かもな。目的は分からない。」

「探偵さんは自転車どこに停めてたの?」

「俺は結構奥側だ。」

「不思議だね〜。普通手前から取っていくよね。」

「そうだな。居咲先輩のが手前で俺のが奥、一通り吟味して回ってるから1分や2分の犯行ではないな。」

「探偵さん、さっき自転車泥棒のこと“大分絞れそう“って言ってたよね。正直学校外の人間が犯人ならもう降参って感じなんだけど、どうやって絞る気なの?」

「さっき駐輪場で気づいたことがある。校庭から駐輪場が確認出来るんだ。つまり、体育の時間帯は犯行が行われない。」

「学校外の人間なら体育の時間とか分からないから関係ないんじゃない?」

「そこなんだよ。だから俺はある程度学校のことを知ってる人間だと思う。」

「え?どういうこと?」

「犯人は“ある程度計画性を持って犯行を行っている“って言ったろ?今の時期体育は全て校庭で行われるランニングだ。体育の時間中は常に駐輪場は監視下にあると言っていい。つまり、体育の時間を把握出来る人間でなければ計画を建てることが出来ない。ただでさえ、昼間に学校付近に車を駐車すれば疑われるだろうから確実に人が居ないであろう時間帯をピンポイントで狙う必要があるということだ。」

「うーん。犯人はそこまで考えてるのかな?何回も体育の時間外に行われたらそれはそうなのかもってなるけどまだ1回でしょ?」

「この名探偵の自転車を盗むという大悪党はそれくらいの思考は当然持ち合わせているはずだ。」

「探偵さんの自転車とは分からないだろうし関係ないんじゃないかな…?それに、もし体育の時間を把握して盗みにきているとして、それってどういう人なの?生徒の私でも全クラスの体育の時間なんて把握してないよ。犯人は体育の先生とかってことになるのかな?」

「俺も全クラスの体育の時間は知らない。だが、知ろうと思えば知ることは出来る。クラスを回って聞けば良いし、聞けば先生だって教えてくれるだろうからな。よって、犯人は生徒の保護者である確率が高い。先生が昼間校舎から出て、駐輪場の自転車2台を担いで自分の車に積むとは考えにくい。なぜならあまりにも不審な行動だし、退勤時間まで自転車2台が自分の車の中に放置されたままだ。見つかるリスクが高すぎる。」

「犯人は生徒の保護者…?一体なんのメリットが?」

「それは分からない。だが、生徒の保護者である可能性が高いという所まではつきとめることに成功した。」

「ごめんなさい。それは無数の可能性を省いた後なんだよね?私には探偵さんの酷い思い込みにしか見えなくて…。」

「その通り。俺は既に2000個以上の犯人の線を消し、我が校の生徒の保護者という結論に至った。勿論確定ではない。ここからはある仕掛けを行っていく。」

「仕掛け…?」

「ああそうさ。犯人はこの俺に挑戦状を叩きつけてくるレベルの悪党だ。必ずもう一度自転車を盗みに来る。そうやって俺の悔しがる様子をみたいに違いない。必ず仕留めてみせる。波上、俺たちは何部だ?」

「名探偵部?」

「その通り、またの名を写真部。昨年の卒業生に買わされたビデオカメラがある。そいつを正門付近に設置する。」

「駐輪場じゃないの?」

「駐輪場に仕掛けたいが、それは危険だ。犯人は自転車を吟味して盗んでいるように見える。駐輪場に置いたらバレる可能性がある。しかし、正門付近は違う。犯人は自転車を担いでいる以上、素早く逃走したいはずだ。正門付近でじっくりする余裕はない。必ずバレないだろう。」


話の途中ではあったが、もう決めたことなので、俺はビデオカメラの設置について詳細を探偵部のグループラインへと送信した。


「バレないかもしれないけど…もう1回盗みに来るって言うのは探偵さんの思い込みだよね?」

「波上、どの物語にも言えることだが、素人の思い込みと主人公特有の直感と言うやつをごっちゃにしてはいけない。それは言語化出来ない程の微細な変化であったり、視覚化出来ない程のほんの些細な水の飛沫のようなものから導き出されるものだ。俺の直感は必ず当たる。なぜなら俺が主人公だからだ。」




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