2-10. 105 蛍光イエロー

 帰り道が一緒になった木暮珠理からは、予想通りの反応が返ってきた。

「いや、そりゃねーだろ。書かれた文字が消えること自体は、検証するまでもない周知の事実、公知だ」

「でも場所が同じなんだよ?」

「たまたまじゃね? 支倉のやつにめんどくせー入れ知恵されやがって」

「支倉さんに訊けって言ったの珠理さんでしょ……」

 ラッシュの時間から一本遅れたバスだったが、それなりの数の、同じ前崎中央高校の制服を着た生徒たちが乗り合わせていた。後方にある二人掛けの席に並んで座った珠理と良の他にも、前方に松川と梅森が並んで立っていた。なぜか彼らはそろってスマホを弄っているばかりで近づいてこなかった。

「そもそも、呪いの手紙だなんだって騒ぐのがアホらしいから調べてんのに、なんで呪いだって確信してんだよお前は。それあれだろ、ミイラ取りがミイラってやつだろ」

「でも偶然にしては一致しすぎてない? 右から三番目、下から四番目だよ?」

「じゃあそのうちお前の身体に噛み痕ができんのか。それとも何か、死人の花婿になんのか。おーおーおめでとうよかったじゃん。ご祝儀は四万二千七百三十一円にしてやる」

「示偏が口偏になってない?」

「縁起がいいだろ。奇数だから二で割り切れない」珠理は憤然として言った。「大体お前、支倉以外にクラスに友達いねーのかよ。そんな素直に鵜呑みにしやがって」

「そんなことは」

「ほんとか?」

「本当だって」良はスマホを取り出し、松川にLINEを飛ばした。

 目線の先で、その松川が顔を上げて、良の方を見る。そして、あまり混雑はしていない車内を抜けて、梅森共々良の横に立った。

「どうした、安井」と松川。細長い身体がバスの揺れで今にも倒れそうだった。「通学この路線だったのか」

「うん。僕はいつもバス通。二人は?」

「俺は、こいつの付き合い」松川は隣を指差す。

 差された梅森が言った。「いや、駅ビルの模型屋に品薄なやつが入荷したっぽくて、あそこ一人一限だから松川を。Nゲージあるし」

「乗りと模型の区別くらいつけろよ」

「似たようなもんだろ」

「プラモだってキャラクターモデルとミリタリーモデル、カーモデルの間には深い溝が横たわっているんだろ。それと同じだ」

「そっか。そうだな。すまん。俺が悪かった」

「わかればいい」松川は頷く。

 やはり、松川と梅森の目線が妙だった。通路側に座る良ばかり見て、絶対に窓側の珠理の方を見ようとしない。

 その珠理は、腕を組んで二人へ交互に視線を往復させる。見られた二人は、恐怖と緊張に血走った目で良を見る。次の停留所が近いことを知らせる車内アナウンスが流れる。

 気まずい沈黙を破ったのは珠理だった。

「お前らさ、F組だっけ?」

 松川も梅森も答えようとしない。代わって良が「そうだよ。僕と同じ」と応じる。

「E組の山崎悠斗って知ってる?」と珠理は続けて訊いた。

 顔を見合わせる松川と梅森。埒が明かないので良はまた口を挟む。

「山崎くんって、撮り鉄なんでしょ。松川くん、仲良かったりする?」

「主義が違う」と松川は応じた。「あいつらがしていることは、スポーツだ。減点方式の採点競技だ。だから模範的な構図にこだわるし、得点を挙げるためなら周りのことなど省みない。迷惑撮り鉄のしていることは、フーリガンと本質的に変わらない。言い換えるなら、運動部だ。運動部は敵だ」

「運動部カッコ概念」と梅森。「まあ、口でこんなこと言ってっけど、こいつ結構山崎と仲良いぜ。俺も松川経由で山崎に頼んで、プラモの写真撮ってもらったことあるし」

「あの蛍光塗料のやつか。X字の」

「月から受信すんだよ」

「後でかなり文句を言われたぞ。プラモデルと鉄道では必要な機材が違うとか。あいつは信上電鉄の特定の車両のために全力だから」

 信上電鉄、とは前崎市を走る唯一の私鉄である。大半が無人駅化されており、沿線の中学生・高校生を除けば利用者はそう多くない。しかし前崎中央高校にも、前崎駅から信上電鉄に乗り継いで通学している生徒がいる。松川曰く、山崎はその一人とのことだった。

 電車からプラモデル、アニメへと、松川と梅森の話は脱線していく。それをじっと聞いていた珠理が、不意に口を挟んだ。

「蛍光って、ブラックライト当てたら光んの?」

 顔を見合わせる二人。今度は、良にも助け船は出せなかった。

 渋々といった様子で梅森が答えた。「電飾とかもありなんですけど、一番手軽な発光表現です……でも一〇〇均のLEDとかだとあんま光らなかったりで」

「可視光よりちゃんと短波の光を十分な強度で当てないと蛍光物質は励起して長波の光を返してくれない。ライトの仕様を見ろよ」

「そ、そうします……」と梅森。

「写真か。中島も、山崎も」珠理は腕組みを解かずに言った。「チャールズ、どう思うよ」

「二人とも写真好き。しかも二人は幼馴染み。幼馴染み……なんかラブコメみたい。実在したんだね……」

「いい加減うぜーよ、その青春コンプレックス……」珠理は呆れ顔だった。「なんか見えてきたと思わねえ?」

「見えてきたって?」

「まあいいや」珠理は降車ボタンを押した。

「珠理さんまだ先じゃなかった?」

「いや、今日バイトだから」と珠理。

 良は席を立って、窓際の珠理に道を譲る。梅森と松川は、その珠理を大袈裟に避ける勢いでそのままバス前方へと移動してしまう。

 珠理は二人の方を横目で見つつ言った。

「もしかしてあたし嫌われてんのか?」

「怖がってるんだよ……」苦笑いで良は応じた。「バイトって何してるの?」

「お前にだけは絶対に教えねえ」

「なんで……」

「なんでも」珠理は頑なだった。「明日、山崎をとっちめるぞ」

 バスが停留所に到着し、乗客をかき分けて珠理は降車する。そしてまたバスは駅へと走り出し、珠理の姿が遠くなった。

 事件が起こったのは、翌日のことだった。

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