2-14. 見てない
「ヤバみがヤバだったね……」と瀬梨荷が言った。
「夢に出そう」康平は頭を抱える。
「見た目オタクなのに言ってることチャラ男みてーなのマジでヤバい」珠理は苦笑いだった。「そういや撮り鉄はスポーツとか誰かが言ってたような……」
「松川くんって意外と鋭いのかも」良は運動部を敵視する級友の姿を思い浮かべた。
「なんか、ごめんね……」可奈の表情には言葉と裏腹な軽やかさが滲み出ていた。
上りの電車も空いていて、向かい合ったロングシートを五人で占領しても誰の迷惑にもならなかった。足を投げ出す康平の隣で、瀬梨荷は鞄を抱えるようにして両肘を膝に載せ、両手で頬を包んでいる。良の隣では脚を組んだ珠理が肘を座席の背もたれに載せて三人分の幅を取って座り、さらにその隣には、両手両足を力なく投げ出して深く息を吐く中島可奈の姿があった。
「中島さん、あそこ最寄りじゃなかったの?」
康平に訊かれ、「大丈夫、次の駅で親に迎えに来てもらうから」と可奈。
「本当にありがとう。木暮さんも、みんなも。少しすっきりした」
「お役に立ててよかった」康平は力なく笑う。「何もしてないのにすげー疲れた……」
瀬梨荷は同感とばかりに力なく笑う。「中島さん、筒井くんはどうするの? あの手紙、必要だったら返すけど。いいでしょ、珠理」
その珠理は少し間があってから言った。「これ、ヨッシーに言われてる調査研究プロジェクトの三十四番だからなあ。示温インクと蛍光不可視インクだったっていう記録を残したい。できれば、個人情報がわからない形で写真だけ撮らせてほしいんだけど……」
「吉田先生って科学部の顧問だったんだ。知らなかった」と可奈。「わたしは要らない。捨てるか、そのプロジェクト? で必要なら保管してもらってもいいよ」
「マジか。サンキュ。なんかお礼しなきゃ」
「しなきゃいけないのはこっちの方だよ」
「じゃあさ、今度科学部来て、写真撮ってよ」康平は姿勢を正した。「珠理ちゃんのカッコいい白衣姿。どう? 部員勧誘とかにも使えるじゃん」
「どうかなあ」瀬梨荷はにやついた顔だった。「ギャルすぎて真面目な子がみんな逃げるかも」
「じゃあ俺」
「康ちゃんはチャラいから駄目」
「チャラくはないでしょ……」
可奈が口に手を添えて笑う。車内にアナウンスが流れ、電車が減速して駅へ滑り込む。
「いずれにせよ、今度お邪魔するね」可奈は立ち上がった。「筒井くんのことは、ちょっと落ち着いて考えてみようと思う。わたしもちょっと、のぼせてたところあるし」
「それがいいと思うよ」瀬梨荷は微笑んで言った。「筒井なんかに中島さんは勿体ないし」
ありがとう、と言い残し、可奈は電車を降りた。
前崎行きの車両には、科学部員と、幽霊部員二人と、良が残される。
珠理が片手を背もたれから下ろし、スカートの上に置いて、良の方を向いて言った。
「……見えてたか?」
「何が」
「いや、その、さっき」
「さっきって?」
「いや……えーっと、まあいいや。忘れろ」珠理は咳払いする。「問題が一つ残ってる」
「……さすがに解決じゃない? これで山崎くんがまたなんか言い寄ってきたら、さすがに警察だと思うし」
すると、対面側の席から瀬梨荷が言った。「筒井くんでしょ」
珠理は頷く。「あいつにどこまで知らせるか。そもそもこの件、康平が筒井から請けた話だし、何も報告なしってわけにはいかないだろ」
「でも微妙だよね」とその康平は腕組みで応じる。「全部を教えるのは、もう中島さんの意図に沿わないことになっちゃうし。それで中島さんが駿太に遊ばれるのも、なんだかなってなるし」
「それはない。絶対無理」と瀬梨荷。
「赤木くん、友達なんじゃないの?」
良が訊くと、「向こうはどう思ってんのか知れたもんじゃないし」と康平はあっけらかんと応じる。
「でも文字が復元できたことまでは教えちゃったんだよな……」珠理も考え込んでいた。「死ねとか殺すとか書いてあったことにする?」
康平は首を横に振る。「それこそ警察でしょ。駿太が仮に先生とか警察に相談したら、俺らの立場がやべえ」
元来た田園地帯と、遠くに時々現れる大きな工場を尻目に電車は走り抜ける。併走する国道を流れる車の群れ。そのすべてが、夕陽の橙色に染まっている。
〈ヨミガミ〉は存在しない。幼馴染み同士の取り返しがつかない気持ちのすれ違いが、下駄箱に投函される呪いの手紙に似たものを作り上げただけだった。だがそれを伝えたら、筒井自身が中島可奈への呪いになるかもしれない。
車内には瀬梨荷と康平の影が長く伸びていた。線路の継ぎ目に合わせて不気味に影が揺れた時、良の脳裏に閃きが走った。
あまりにも科学部らしからぬ解決策。だが、現状ではベストのように思えた。「どうした?」と覗き込んでくる珠理に頷き返し、良は一同に向けて言った。
「〈ヨミガミ〉だったことにすれば?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。