Project #35 旧針金山トンネルの悪霊

3-1. 【閲覧注意】旧針金山トンネル心霊憑依動画

 丑三つ時にトンネルの真ん中で手を叩くと、ハリコババァの呪いが降りかかる。

 そんな噂のある旧針金山トンネルは、街の若者たちにとって、定番の肝試しスポットだった。

 沖縄や九州、近畿地方が梅雨入りし、関東地方の週間天気予報にも傘マークが並び始めた、六月初旬の、暑い夜のこと。

 近くに精神病院があったとも、工事時に多数の死者が出たとも、レイプされて置き去りにされて死んだ女がいたとも噂されるトンネルを、ライトバンのヘッドライトが照らしていた。

 バンに揺られて肝試しのためにやってきたのは、いずれも男性の、同じ中学の出身者および在校生で構成される七人の若者グループだった。最年長は二十二歳、最年少は十三歳。車は、二十歳の大学生の男が親から借り受けたものだった。

 グループには、高校生が二人、中学生が二人含まれていた。高校生のうち一人は、県内でも指折りの進学校である前崎中央高校の二年生だったが、彼は素行・成績とも優れているとは言い難かった。入学後に学習意欲を失った、進学校にも一定数存在する落ちこぼれの一人だった。

 七人のうち二名は酒に酔っており、直前まで知人が経営する飲食店でチューハイやビールなどを飲んでいた。酔っていた若者のうち一人は、未成年である十九歳の塗装工だった。

 だが、本来なら事件にもならずに見過ごされる若者たちの戯れが木暮珠理たち前崎中央高校科学部の知るところとなったのは、未成年飲酒のためではなかった。

 二人いた中学生の一人は、肝試しの現場をスマートフォンで動画撮影していた。

 静まり返った山中に、不気味に佇むトンネル。定番の心霊スポットとなってしまったために、大正期に積まれたものも含まれるというレンガは缶スプレーの落書きで無惨な姿を晒している。近くに新道が開通しており人家もないに等しいにもかかわらず、若者たちがしばしば訪れるために、あちらこちらに食品の包装や空きペットボトルなどが転がっている。

「それじゃあ突入していきまっしょい!」

 髪をまだらな金に染めた若者が声を上げる。周りより少し年上で、グループのリーダー格だった。

「お前行けよ」

「いや、ちょ、待って。待ってって! これ絶対ヤバいっす。俺っすか?」

「じゃ後輩行かせんの? カイトさあー、そりゃねーんじゃね?」

「いやいや俺先輩の後輩じゃないっすか!」

「や、俺、運転あっし?」

「カイトビビってるぅ~?」

「いやこれビビってるっしょ!」

「カズマ撮ってる? や、マジ、ちゃんと撮っとけよ? カイトやってくれっから」

「撮ってるっす! カイトくん、お願いしまっす!」

「おなしゃーっす!」

「やっべ! 震えすぎっしょ!」

「怖い?」

「後輩見てんぞー!」

 若者たちが口々に声を上げる。カメラが中心に捉えているのは、カイトと呼ばれた若者である。彼は最年少でも最年長でもない。十七歳の高校二年生で、先輩からも後輩からも軽んじられている様子が映像から読み取れる。

 だが、彼が震えているのは、地元では有名な心霊スポットへの恐怖ゆえではなかった。そもそも、手脚の震えはよく振って飲む缶ジュースを振る時のような激しさであり、怖さや寒さに由来しないことは明らかだった。若者たちは、それを彼の芝居、あるいは周りのノリに合わせて道化を演じているだけだと思っていたようで、腹を抱えて笑う者もいた。

 だが、次の瞬間、彼らの想像は裏切られた。

 震える手で自分の胸を押さえていたカイトが、口を覆った。その指の隙間から吐瀉物が溢れ出し、手と服を汚し、ひび割れだらけのアスファルトに落ちて飛び散った。

 そのままカイトはその場に蹲り、さらに嘔吐する。

「うわ汚え!」

「やっば。マジウケる。引くわ」

「えっ……何、何、これヤバくね」

「ちょ、えっ、カイトくん?」

「カイト! おい!」

 若者たちが口々に叫び、のたうち回って苦しむカイトに駆け寄る。カメラもカイトに近づいていく。

 その時、誰かが言った。

「ハリコババァだ」

 深夜、旧針金山トンネルの、入口と出口の中間地点で手を叩くと、ハリコババァが現れる。両手に一〇センチほどの長さの太い針を一本ずつ持った、小汚い和服を着た老婆のような姿をしており、奇声を上げながら天井を走って近づいてくるのだという。そしてハリコババァに追いつかれ、針を刺されたら、一巻の終わり。トンネルの闇に潜む悪霊に乗り移られ、正気を失ってしまう。

 だが、ハリコババァを退散させる方法が、一つだけある。

 五円玉を投げるのだ。

 御縁を投げ捨てることで、ハリコババァが縫いつけた悪霊との縁も断ち切ることができる。だから旧針金山トンネルに行く時は必ず五円玉を持っていくという不文律が出来上がっており、トンネルの出入口付近にはそこかしこに硬貨が転がっている。

 カメラが仰向けに倒れて苦しむカイトを捉える。彼の目は見開かれ、顎が外れそうなほど口を開けて浅い呼吸を繰り返し、握った拳を何度も自分の胸に叩きつけている。その隙間から、握り締めていた五円玉が落ちる。

「ヤバいヤバいヤバい」

「ガチでヤバい」

「これ呪いだろ。完全に呪いだろ」

「ババァいる? いる?」

「カイト! カイト!」

「ざけんなよ! 来いよ!」

「五円。五円投げる。どこだよ五円! うわー!」

 カメラに撮影者の手が映り込み、その手が、握っていた五円玉を闇の中へと投じる。アスファルトに金属の当たる甲高い音が響く。

「今何か聞こえた」

「は?」

「静かに! 黙れよ!」

「いや先輩が……」

「いいから黙れよ!」

 そんな会話が交わされ、画面の中の世界が静まり返る。倒れたカイトの激しい呼吸と咳き込み、夜に騒ぐ虫の声が聞こえる。

 すると、髪をまだらな金に染めたリーダー格の若者が、急に撮影者の方へ駆け寄った。

「お前撮るな。これガチでヤバいから」

「えっ、でも……」

「いいから撮るな! カイト車に乗せろ! やべえって言ってんだよ!」

 カメラが激しく揺れる。倒れるカイトに駆け寄る若者たち。エンジンをかけたままのライトバン。トンネルの闇。鬱蒼と茂る木々。

 そして動画は突然終了する。


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