2-17. 普通の青春


 ――そういうわけで、黄泉からの手紙事件も無事解決しました。

 もうすぐ制服も夏服に変わりますが、まだ文芸部には入れていないどころか、活動見学もできていません。来月には図書室も使えるようになるので、一度行くつもりでいます。でも、珠理さんが嫌がるので、駄目かもしれません。

 普通の日常を過ごすことって、とても難しいのだなと思います。

 転校してから、毎日のように調査だ実験だに駆り出されているせいもあるのかもしれません。ですが、それ以上に、自分がこれまでに過ごしてきた時間の重さを感じています。

 周りにいてくれる人たちは、同年代なはずなのに、みなずっと大人であるように感じられます。大人の男女が、夜、一緒に食事に行くことは、関係の進展というか、好意を示す的な意味合いがあるのだそうです。僕だけがそれをわからなくて、ファミレスでみんなに囲まれて説教されました。どうやら僕は、その手の人間関係の機微を察する力が、同年代に比べてひどく劣っているようです。あなたが爆笑している姿が目に浮かびます。そうです、あなたの兄は、情けない男なのです。二言目には『文系』『男子校』と言われるのですが、後者はともかく、前者はあまり関係がないような気がします。

 僕は、これまでの生活を、普通だと思っていました。実際、普通だったと思います。父さんがいて、母さんがいて、あなたがいました。与えられていた環境には、感謝しなければならないとも思います。普通とは、普通に素晴らしいという意味での、下げではなく上げニュアンスの、普通です。

 でも、その普通は、鈍色の普通だったのだと、今は思います。

 家庭に争いが絶えなかったこともあります。ですがそれより、あちらでの日常は、守られすぎていたように思います。保護、というより、保全のニュアンスです。僕自身、嫌なことも含めて、変わらないことに安心していたように思います。

 今は、ちょっと普通ではない日々を過ごしていると思います。転校するときに(愚かにも)想像・妄想した青春とは、違うものばかりです。ギャルもいればヤンキーもいます。偶然の重なり合いがなければ、僕は殴られたり蹴られたり、僕だけを弾いたLINEグループで悪口を言われたり、僕の仕草や言動を面白おかしく切りとった動画をインスタのストーリーにされたりしていたのかもしれません。

 なんというか、動物園から、国立公園くらいになった気がするのです。

 青春とは、鈍色の日々を金色に変える錬金術だ、と父さんが言っていました。父さんらしいですよね。

 僕には、動物園暮らしで染みついた、もう取り返しのつかない部分がたくさんあります。ですが目に見える景色は、金色に輝いて見えます。

 長くなってしまいましたが、こちらはどうにか楽しくやっています。

 そちらはいかがですか?

 友達とはうまくやれていますか? 母さんが会ってほしいと言ってきた人は、どんな人でした?

 母さんは、あなたの方が知っているでしょうが、危ういところがある人です。傷つけられるようなことがあれば、兄も父さんも力になります。ペンペン草も生えなくなるまで戦う準備があります。

 そう、先日の事件で、蛍光不可視インクを入れたシークレットペンというものが使われていました。一〇〇均で買えるそうで、一〇〇均の雑貨が好きだったあなたのことを



 温めても消えない油性ペンでそこまで書いて、自室の良はふと手を止めた。扇風機の風が心地よかった。

 ただの思いつきだった。

 両親の離婚で母と共に東京に残り、良とは別れ別れになった妹は、一〇〇均の雑貨が好きだった。ブラックライトで発光する蛍光不可視インクを使ったペンのことも、知っているに違いない。

 通学鞄にしているリュックサックの中から、良はブラックライトを取り出した。掌に収まる小さなもので、珠理曰く、化学室での実験にも時々使うことがあるのだという。

 身近なものでも結構光るからやってみ、と言われ、半ば強引に押しつけられたものだった。彼女の言葉を借りるなら、『ヤバいくらい光る』ものの定番が、栄養ドリンクなのだという。家中のものを照らしていただろう、今よりも少し幼い木暮珠理の姿が目に浮かんだ。

 スイッチを押し、妹からこれまでに届いた手紙を照らしてみる。

 そして良は目を見開いた。

「……なんだ、これ」


【第二話 おわり】

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