2-7. きゅるんとした子

「じゃあ、下駄箱に入れた時点でもう消えてたってこと?」珠理は険しい表情だった。「鞄の中が六〇℃以上になってたとか……」

「それは違うでしょ、珠理ちゃん」と康平。「だったらあのペンでノート取ったら消えるってことじゃん。日常生活で紙が六〇℃になることってそうそうないから、みんな便利に使ってるんじゃない?」

「職員室での失敗談ですが、電子レンジで温めたお弁当をうっかり生徒が記入したプリントの上に置いたら文字が消えてしまった、それを白紙で提出するなんてけしからんと叱責してしまった、という話があります。今の教頭先生なんですけどね。うちの学校のプリント類、消せるボールペンは使用しないことって書いてあるでしょう。その一件のせいです」

「ヨッシーそんな悪口言っていいの?」と瀬梨荷がからかう。

 しかし吉田はどこ吹く風で、「当時僕が指摘したので、問題ありません」と応じる。

「可能性は二通りあるよね」良は言った。「一つは、過失による事故。もう一つは、誰かが故意に消した」

「直射日光が当たったコンクリの上に置くとか、ドライヤー当てるとかすれば、消えるかもしれないけど……」珠理は腕組みになる。「でも大事な手紙だろ? うっかり放置とかドライヤー当てるとかしねえよな、普通に考えて」

「ホットの飲み物買うような季節でもないしね」康平が同意する。

「生徒が書いたプリントよりは遙かに大事でしょうしね」と吉田。現教頭に何か含みがあるようだが、触れない方がいいと全員が阿吽の呼吸で一致していた。

 じゃあ、と良は言った。「誰かが故意にやった可能性の方が高いってことになるけど」

「筒井くんってモテるよね。私のクラスにもカッコいいって言ってる子いるし」実験台に半ば突っ伏しながら瀬梨荷が言った。「案外筒井くんに新しい彼女ができるのを邪魔したい筒井親衛隊がやったのかも」

「聞いたことねーぞ」と珠理。

「今考えたし」

 親衛隊の可能性は排除した方がよさそうだった。ならば、話題の両者に一番近しい、同じクラスの人物に見解を求める方がいい。

「赤木くん、誰か心当たりないの?」良はぼんやりしている康平に訊いた。

「ないっつーか、トヨタセリカが言う線なら逆にありすぎるっつーか……」康平は首を捻っている。

「私、林なんだけど……」瀬梨荷は苦笑いになる。「てか筒井くんってどんな子がタイプなの? 前カノ知ってる?」

「五人知ってる」と康平。どんな子、と瀬梨荷にさらに問われ、少し間があってから康平は応じた。「わかりやすい美人かな。珠理ちゃんみたいな」

「硫酸で根性焼きすんぞてめー」いつもより低い声で珠理は即座に応じた。

 するとこれも即座に吉田が言った。「白衣に袖を通す者は冗談でもそんなことを口にしてはいけませんよ、木暮さん」

「はい、すみません……」途端に珠理は青菜に塩のようになる。

 その珠理をしばし見つめてから康平は言った。「まあ、なんか、俺から見ると、駿太って周りに自慢できるかどうかで女の子を品定めするタイプなんだよ。だから似たタイプの女の子と付き合って、そんですぐ別れる」

「女の子の方も、自慢できるかどうかで彼氏を選ぶタイプってこと? 康ちゃん的には」瀬梨荷は眉を寄せる。

「俺的には、だよ」康平は窓の向こうに目線を逸らした。「それに、瀬梨荷もそういう女子のこと嫌いでしょ」

 そうだけど、と瀬梨荷は応じる。

 ほとんど一人で科学部を取り仕切る木暮珠理と、幽霊部員の林瀬梨荷と、もう一人の幽霊部員である赤木康平。この三人が一体どんな関係なのか、新参者で珠理に目をつけられたモルモットに過ぎない良にはわからなかった。

 すると、良が向けていた目線に気づいた瀬梨荷が身体を起こして言った。

「良くんは違うもんね?」

「なんで僕に振るんですか! いや、それは、今はよくて、赤木くん!」何、と応じる康平に良は続けて言った。「中島可奈さんって、当てはまりそう?」

「駿太の好みかってこと?」と康平。良が頷くと、「ないな」と断じた。「サブカル女子っぽい感じだし。ショートボブの、こう、きゅるんとした」

「良くん好きそうだね」と瀬梨荷。

「だからなんで僕に……」

「まず中島に確認してみるか」半ば独り言のように珠理が言った。「ラブレターを送ることを事前に知ってた人間がいたかどうかだな。知ってないと、筒井が受け取る前に細工できない」

「そういうのって一人でやるんじゃないの? 人に知られたら恥ずかしいんじゃ」

「チャールズさあ……まあいいや。あのな、女子同士だと結構、封筒どうしよう便箋どうしよう文面どうしようって話するもんなんだよ」

「牽制だよね」と瀬梨荷が言った。「私は彼に手紙で告るから、お前らは手を出したら『裏切り』だからねって牽制」

「準備してる間にグループの誰かが逆に告白されたりするんだよな」

「あるある。それ以前の、ちょっと二人で話してただけでも色目使ったとかでハブにしたり」

「怖っ。俺ら男でよかったね……」と康平は言った。「良くん?」

「あ、ごめん」良は我に返った。「なんか、すごい青春だなって感動しちゃって……」

 珠理は呆れ顔だった。「またかよ。せいぜい中学生までだぞ、こういうの」

「その中島さんだけど」瀬梨荷は頬杖で言った。「放課後いっつもグラウンドで写真撮ってるところ見るよ? おあつらえ向きに一人で」

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