3-14. RENESIS 13B
その珠理の言葉に、先を歩いていた瀬梨荷と康平も小走りで戻った。
珠理はスマホをスピーカーホンにして、四人の中心に差し出した。
獅音の潜め声が、音量を最大にしたスマホから廊下に響いた。『あの動画撮ってたの、一磨なんだよ。だから一磨、須永先輩たちにマジでボコられてて、アップしたのがバズったせいでバレて、俺今トイレなんだけど』
康平がスマホに顔を寄せて言った。「獅音、お前今どこにいる?」
『康平さん!? 駅前の、〈アンバランス〉ってバーっす。先輩たちの知り合いの店だっていう』
動画を撮影した日に彼らが集まっていた店だ。瀬梨荷が自分のスマホで位置を検索する。
「外に出られるか?」と珠理。「須永がヤクにハマってるなら体力も落ちてるはずだ。中学生のお前の方が走れる」
「いや危ないって」と瀬梨荷。「大学生とか塗装工の人も一緒なんでしょ。あと確か、小池くん以外に高校生が一人いるって」
『瀬梨荷さんっすか! みんなっす。カイトくんとユーダイさん以外全員いるっす』
カイトは小池海翔。ユーダイとは、工業高校に通っているという海翔の元同級生の、土屋雄大だろう。二人以外全員ということは、店内には獅音を合わせて五人が集まっていることになる。
「……ねえ、獅音くん。安井だけど。この前会ったよね」
『良さん。忘れるわけないっす。俺、良さんに……』
「それはいい。確認なんだけど、もしかしてそこで、カフェイン錠剤を砕いて、須永が持ってる怪しい白い粉を混ぜて、もう一回固める作業をしてたりしない?」
『え、なんでわかんすか。もうヤバいんすよ。なんか俺も時給三〇〇〇円だからやれとか言われて、でもハルトさんとレントさんとか、炙ったり吸ったり、レントさんなんか注射もしてるし、なんか俺もやれとか、これって……』
獅音の声が震えている。良は深呼吸して言った。「絶対に駄目だ。それは君の人生を滅茶苦茶にする。楽しいことも嬉しいことも全部失くすことになる」
『俺がこないだ飲んだのにも入ってたんすか?』
珠理が代わって言った。「経口の場合は水溶液静注や経鼻ほど激しい効果が出ない。お前はまだ大丈夫だ。二回目に繋がらなければ。お前と、そういう連中との繋がりは、あたしが絶対に全部絶ってやる」
『姉ちゃん』と応じた獅音の声には、嗚咽が混ざっていた。『俺、マジで最悪なことしちゃったかも』
「まだ大丈夫だって言ってんだろ。心配すんな」
そうじゃない、と獅音は言った。『良さん。俺、須永先輩に、誰でもいいから女呼べって言われて、LINEの履歴とか写真とか見られて、それで……多紀乃ちゃん呼んじゃったんす』
「は……?」
「馬鹿野郎っ!」絶句する良ごと叱りつけるように珠理が叫んだ。「駅前の〈アンバランス〉だな? 今すぐ行くから!」
『ごめん姉ちゃん。良さんも。俺……あっ』
そこで獅音からの通話は切れた。
呆然とする一同。最初に動いたのは康平だった。
「バイクで先に行く! 珠理ちゃんたちも後から来て!」
言うが早いが駆け出す康平。
だが、頷き交わした良と珠理、瀬梨荷が後を追って昇降口へ急ごうとすると、後ろから「ちょっと待った!」と叫ぶ声があった。
化学室の扉から半身を出した吉田だった。
「聞かせてもらいました。あなたたちだけで行くのはあまりにも危険ですよ」
「じゃあどうすんだよ!」珠理は怒鳴った。「待ってる間に注射とかされたら? 最初の一回を防がなきゃいけないってわかってんだろ! 獅音と多紀乃ちゃんの人生に責任取れんのかよ!」
「ええ。ですから、僕も行きます」吉田は白衣を脱いで化学室の中へ放り込んだ。「林さん。粉と廃液類を準備室の鍵付き冷蔵庫に保管お願いします。これ、鍵です」
「うわ、責任重大……」鍵を受け取った瀬梨荷は苦笑いしている。
「木暮さんと安井くんは、僕と一緒に来てください」吉田は大股で歩き出す。
良は珠理と顔を見合わせる。素直についていくしかなかった。
瀬梨荷を置いて小走りで昇降口に降り、靴を履き替えてから向かったのは、校舎の裏にある職員用駐車場だった。
「クルマで送ってくれるってこと?」と良。
「まあうちの職員、大体クルマ通勤だから……」と珠理。
今一つ状況が飲み込めない二人の前に、一台のクルマが徐行で現れて停止。運転席からスマホ片手の吉田が現れる。
地面に伏せた豹のように車高の低い、銀色のスポーツカーだった。古いモデルらしく、ボディの艶は薄れつつある。そして、駐車場に低く響くエンジン音が、良の知る自動車のそれとは少し違っていた。今にも地平線の果てまで飛び出していきそうな、途切れないサウンドを発していたのだ。
吉田はスマホを下ろすと、観音開きの後部ドアを開けた。
「実は普段の通勤車が今日に限って車検でして。これは遊びクルマです。後部座席は快適には程遠いですが、どうぞ」
珠理は目を丸くしていた。「え、ちょ、ちょ、ヨッシー、これって康平が好きなやつじゃ」
「彼は
「珠理さん乗って!」
「そうだった」
我に返って二人で後部座席に乗り込む。そして吉田も運転席に乗り込んだ。
「警察には状況と簡単な経緯を連絡しました。動いてくれると言っていましたが」吉田の左手がシフトノブの上を滑るように動いた。「事は一刻を争います。シートベルトをしてください」
「後席で?」と良。
「ハンドル握ると性格変わるタイプ……?」珠理は顔を引きつらせる。
「慌てず、急いで、安全運転。このクルマのことは、赤木くんには内緒でお願いしますね」
吉田は眼鏡をスポーツサングラスに掛け替えると、笑顔でアクセルを踏み込んだ。
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