3-5. おなちゅー7

 翌日。土曜日のファミレスで、良は多紀乃を連れて、木暮珠理とその弟に向き合っていた。

 姉が金髪なら、弟は派手なツーブロックだった。前髪の一部まで刈り上げてトップを右に流し、アッシュ系に染めた髪型は、姉に負けず劣らず目を惹くものだ。そして、同じ髪型の少年は、確かに憑依嘔吐動画に映っていた。

「獅音。あたしの弟」

 その獅音は、「ちっす」とだけ応じて、良の目を見ようともしない。その態度のために、早速姉に耳を引っ張られている。珠理に初めて会った日、思わず目を背けていたら顔を掴んで目線を合わせられたことを思い出さずにはいられなかった。あれはまだ穏やかなやり方だったのだ。

「安井良です。珠理さんの同級生で……」

「多紀乃でーす。妹でーす。獅音くん何年? 私中三」

「中一」と獅音は短く応じる。「つか、姉貴の友達って、康平さんか瀬梨荷さんじゃねえの」

「こいつ瀬梨荷大好きなんだよ」

「は? ちげーし」

「将来は康平さんとこで働くとか言ってんの」

「別にいいだろ」

「康平のやつ、あれで結構野望があんだよ。クルマのカスタムショップ作るとかなんとか」

 へえ、と応じる良。多紀乃が耳打ちする。

「康平さんって、科学部の幽霊部員の?」

「そうそう」

「獅音くんこないだまで小学生だったってヤバくない?」

「そういうこと言うなって」良は嘆息してスマホをテーブルの上に置いた。「獅音くん。この動画の現場にいたって本当?」

「は? てめーも説教かよ」

「獅音!」珠理はまた弟の耳を引っ張る。「目上の人には敬語っていつも言ってんだろ! もう一回!」

 うるせーな、と応じる獅音。珠理自身が目上の人である科学部顧問・吉田計彦に敬語を使わずに話していることは黙っておくことにした。

 獅音が現場に居合わせたのは事実だった。

 数日前の深夜、獅音を含む同じ前崎第三中学校の在校生とOB、合計七人のグループは、OBの知人が経営する市内のバー〈アンバランス〉に集合した。東京から帰ってきたという男のためにその知人が後輩たちに声を掛けて集まったうちの一人が、獅音だった。

 いつもの大判ノートを開く珠理の隣で、獅音は写真やLINE、インスタを見せながらメンバーについて説明する。

 市内の大学に通う大学生の、桑原陽人。塗装工の永井蓮登。前崎中央高校の二年生で、今回不運にもハリコババァの呪いを受けてしまった人物である、小池海翔。その海翔と同学年で、工業高校に通う土屋雄大。そして珠理の弟である木暮獅音に、その親友だという原一磨。最後に、東京から帰郷したという元ホストの男、須永遙輝。合わせて七人である。

 須永の写真を見た珠理は首を捻っていた。

「ホストってもうちょいイケメンなのかと思ってた。髪型は派手だけど」

「瀬梨荷さんのコメントが欲しいね」良は頷いて応じる。「こういうの僕もよくわかんない」

「だな。この手は瀬梨荷だ」

「突然吐くようなことって何かあるの? 呪い以外で」

「一番ありえるのは、急性アルコール中毒じゃねーかな。映像見て、真っ先に思いついたのがそれだった」そこで珠理は隣の獅音を睨む。「お前飲んでねえだろうな」

「エナドリしか飲んでねえよ」

「東京から来たってなんかチャールズみてえじゃん」

「お兄ちゃんとはタイプ真逆ですけど」多紀乃が口を挟む。「獅音くんこれ何時?」

「夜中の一時頃」

「うわ、ヤンキーだ」

「別に、普通だし」

 露骨に顔をしかめる多紀乃と通路の方まで顔を背ける獅音。

「車酔い……じゃあんな風に痙攣しないもんな」珠理は腕組みになっていた。「エナドリってどれくらい飲んだ?」

「さすがにクソ眠かったから、みんな二、三本は飲んでいたな。カイトくんは一気させられてた」

「なんか地味な感じだもんな」獅音のスマホを操作して写真を表示させつつ珠理は言った。「グループの中じゃいじられキャラって感じか。お前や原くんって年下がいんのに」

「一磨とかカイトくんのこと完全にナメてるし」

「年上にくん付けしてる君もナメてるよね」と多紀乃。

「るせーな。初対面のくせに説教カマしてんじゃねーよ」

「獅音! お前それあたしの友達に取る態度か?」珠理はまた弟の耳を引っ張る。「謝れ、多紀乃ちゃんに」

「……ごめんね、多紀乃ちゃん」

「ごめんなさい多紀乃さんだろ!」

 痛い痛いと騒ぐ獅音。容赦のない制裁を下す珠理。好きにさせておくことにして、良はメニュー表を開いて多紀乃に渡した。

 満足するまで騒いだ姉弟も加わって一通り注文を済ませる。

 ドリンクバーのコーラ片手に良は言った。「……そういえば、須永さんだっけ。元ホストの人は、なんで前崎に帰ってきたの?」

「ヤバい連中に追われてるとか言ってた」そこで横の珠理に睨まれ、獅音は「言ってました」と言い直す。

「ヤバい連中ってなんだろ。ヤクザ? ホストだったらそういうこともあるのかな……」

「フカしてるだけじゃねーの」と珠理。

「ホントは仕事クビになって帰ってきただけだったりして」と多紀乃。

「そんな感じはしなかったけどなー。蓮登さんが電話帳の連絡先に電話しようとしたら須永先輩マジギレしてたし」

「こっちではどうするつもりなの? ホストクラブとかないよね」

「あるにしても世界が狭そう」多紀乃が言った。「逃げてるならすぐバレそうじゃない?」

「陽人先輩と商売するとか言ってたっす」敬語には納得していないとばかりにポケットに手を突っ込み、椅子に深く腰掛け、良の前のテーブルあたりに目線を向けて獅音は応じた。

「陽人先輩って、大学生の桑原陽人さん?」

「そうっす」

「大学生ならそういうこともあるのかな……?」

 珠理はドリンクバーの乳酸飲料が入ったグラスを傾ける。「エナドリ以外に食ったものとか飲んだものは?」

「みんなでラーメン食ってからあの店行ったんだよ。改装中とかで営業はしてなくて、コンビニでなんか菓子とか買って……あ、そうだ。さすがに眠かったからカフェイン錠剤一錠飲んだ」

「それだ!」珠理は音を立ててグラスを置いた。「小池も飲んだか?」

「四錠か五錠くらい飲んでたかな……なんか須永先輩が持ってて」

「その上エナドリだろ。あれもものによっては一缶あたり二〇〇ミリグラムとか入ってて、最近のエナドリはアルギニンも結構入ってるから、小池の体重は六〇キロとして……」珠理はテーブルの上に横向きで置いたスマホを忙しなく操作する。画面は電卓アプリだった。イコールボタンを押して、表示された数字に珠理は頷いた。「決まりだ。謎が解けたぜ、チャールズ」

「え、この流れで? カフェインとか関係ないんじゃ……」

「あるんだなー、これが」珠理は人差し指を立てて言った。「だ」

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