第20話 深雪と作業着

 翌日、私は中村さんの行動を調査するため、雫ちゃんと準備をすることにした。


「深雪さん、頼まれていたものを買ってきましたけど……、本当にこれでいいんですか?」

「そうそうこれこれ。ありがとう雫ちゃん、これで中村さんの尾行がやりやすくなるよ」


 私はあるものを雫ちゃんに買ってきてくるよう依頼した。

 頼んだものはよくある作業着だ。雫ちゃんの家の近くに作業着の専門店があるので、買ってきてもらったのだ。

 

「でもどうして作業着なんですか? 尾行するのに制服だと目立っちゃうっていうのはわかるんですけど」

「それはね、作業着こそどこでも紛れる事ができる服だからだよ」

「そうなんですか?」

「うん。意外と感づいてないかもだけど、結構どこにでも作業着の人っているんだよね。道路を歩いても違和感ないし、コンビニとかスーパーにも当たり前のようにいるし。学校だってほら、業者の人とかたまにいるじゃん?」

「確かに言われるとそうですね……。普段作業着の人を自分があんまり意識していないあたり、紛れるにはいいのかもです」


 前世での経験が役に立った。

 

 シズカのスキャンダルが表に出てきたとき、私はずっと家にこもっている彼女をこっそり散歩に連れ出したことがある。

 そのとき、周囲の人間にバレないように変装したわけなのだけれども、その服装というのがが作業着だったのだ。

 今どきは女子が作業着を着ていてもあまり違和感がなく、想像以上に周囲に紛れることができる。


 今回尾行するにあたっても、男っぽい見た目の私が作業着を身につけてどこかの業者さんっぽく振る舞えば、割と容易に身を隠せるかなと考えたわけだ。


「サイズもピッタリだね。これで適当に巻尺コンベックスとかペンとか持っておけばそれっぽくなるでしょ?」


 私は持参してきた小道具を身に着けて雫ちゃんへ見せびらかす。我ながら完璧な変装だ。


「そ、そうですね……! というか、深雪さん……」

「ん? どうしたの?」

「す、すごく似合ってます……!」


 雫ちゃんはちょっと頬を赤らめるようにそう言う。


「……あっ、いや、別に普段の服が似合わないとかじゃなくて、なんだか本当に働いている人みたいでかっこいいなあって」

「そ、それはどうもありがとう。まあ、私ってこんな見た目だし、作業着くらい似合ってもらわないと困るんだけどね。ハハハ……」


 女子力の低さがこんなところで役に立つとはなと自嘲すると、雫ちゃんがそんなことはないですとなぜか全力フォローをしてくる。

 もしかして雫ちゃん、ワークウェアが好きだったりするのかな? 今度POLYSICSのコピーバンドに誘ってみようか?




 放課後、私はバッチリ変装をキメて学校の外で待機していた。

 あんな感じの武闘派な中村さんだけど、今日はきちんと登校しているっぽい。下校時に校門で待ち構えている雫ちゃんが中村さんを見つけ次第、私へ合図が送られてきて尾行スタートという作戦だ。


 ぼーっとしていると、胸ポケットに入れていたスマートフォンが震える。


『中村さんが学校を出ました! 駅の方向です!』

『りょーかい! 追いかけるね!』


 雫ちゃんからメッセージを受け取ると、下校する生徒に紛れて駅の方へと向かう。

 自分より背の高い中村さんを見つけるのは、それほど難しくなかった。


『中村さんを見つけたよ。これから尾行するから、雫ちゃんは何かあった時のバックアップをお願いね』

『わかりました。さっき言っていたアレ、忘れないようにお願いしますね』

『了解。もしなんかあったら、その時はたのむよ』


 見失わないように絶妙な距離をとって中村さんを追う。

 駅についたところで、私は彼女の行動に少し違和感を覚えた。


「あれ……? 来瑠々ちゃんちと方向が逆じゃないか……?」


 中村さんは来瑠々ちゃんと幼馴染だと言っていた。二人の家はご近所らしい。

 この間来瑠々ちゃんの住んでいるところを聞いたので、中村さんの家の場所もだいたい想像がつく。

 だから本来なら、中村さんは来瑠々ちゃんと同じ方向の電車に乗って帰るはずなのだ。


 それなのになぜか中村さんは逆方向の電車を待っている。これはどういうことだろうか。

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