第41話 生徒会とワンダーフォーゲル部

 翌日。私たちは四人全員で生徒会へ出向いた。

 要件はもちろん、「ワンダーフォーゲル部の廃部撤回」と「希空ちゃんのワンダーフォーゲル部加入」だ。


「……どうか、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」「よ、よろしくお願いします!」「よろしくお願いしマス」


 希空ちゃんが生徒会長の稲沢いなざわさんへ説明をし、皆で頭を下げる。

 突然のことに怪訝な表情を浮かべる稲沢会長だったが、彼女なりに私達の言い分を咀嚼して考えているようだった。

 

 妙に重たい沈黙が、まるで永遠かのように続いている。

 次に稲沢会長が口を開いたとき、危うく別の世界へ旅立つ直前だった私は正気に戻ってハッとした。


「……まあ、これが古川が出した結論ということは、後先考えず衝動的な判断ってわけではなさそうだな」

「はい。自分のこと、家族のこと、友達のこと、生徒会のこと、全部考えたうえで出した結論がこれです」


 生徒会長の椅子に腰掛けている稲沢会長は、「そうか……」と言って椅子を回転させ、私達に背を向ける。

 聞き入れてはくれるものの、素直に肯定してくれないということは、おそらく稲沢会長もかなり悩んでいるのだろう。


「正直、古川みたいな優秀な人材がいなくなるのは生徒会としても痛い。ただ、生徒の自主性を尊重するのもまた、生徒会の仕事だ。そうだな? 古川」

「はい。会長がいつも仰っていること、心に刻んでいます」

「君が一歩を踏み出したというその勇気は称えたいと思う。しかし、今回のワンダーフォーゲル部のような特例を出してしまうと、同じく廃部対象となっている部活から不平不満が出るだろう」


 私達は今回、生徒会から希空ちゃんを引き込むことで廃部の危機を逃れようとした。

 それは外野から見たら、生徒会とのコネで部活を生き長らえさせたように見えてしまう。そういうアンフェアな部分を見られてしまうと、生徒会へのヘイトや疑念というものはどんどん溜まっていく。


 その不平不満がエスカレートすれば、正常な学校運営に支障をきたすこともあり得る。それでは元も子もない。

 だから稲沢会長はすんなり古川さんの行動を肯定できずにいる。そういうことだ。


 ふと、稲沢会長がなにか思いついたように切り出す。


「仮に不平不満を持って騒ぎ立てる者たちがいたとして、そいつらを真っ当な手段で黙らせるとしたら、古川はどういう手段を取る?」


 意地悪な質問だ。そんな質問に対してこちらができる回答など、一つしかありえない。

 希空ちゃんの口で言わせるための誘導尋問のようで、なんだかたちが悪い。


「……結果で黙らせるしか無いと思います」

「そうだな。そういうことだ。私の言いたいこと、わかるな?」

「……はい」

「まあすぐにとは言わない。私の在任期間中なら、どうとでも言い訳できるだろうしな」


 てっきりこの流れで却下されると思っていたので、稲沢会長のその言い回しには意表を突かれた。

 もちろん、希空ちゃんも予想外だったようで、すぐさま聞き返す。


「会長? それってつまり……?」

「ああ。私の任期が終わる九月末までに結果を出せ。そこまでワンダーフォーゲル部に猶予をやる。だが、それ以上の時間稼ぎは無理だ」

 

 条件付きだが、私達はなんとか譲歩を引き出したということだ。

 期限は九月。つまり、夏休みが終わって一ヶ月までの間に、ある程度何かの結果が出ていなければならないということ。

 時間が無いといえば無いけれども、ほぼゼロから始まったあの頃と比べたら大きな進展だ。


 喜びのあまり飛び上がりそうなのを、私も皆もぐっとこらえる。

 いよいよ私達は真っ当にバンドができるようになるのだ。


「会長……、ありがとうございますっ……!」

「……まあ、古川にはいろいろ負担をかけたからな。それに免じて猶予してやる」


 椅子を回転させて再びこちらを向いた稲沢会長は、参ったなというような苦笑いを浮かべていた。


「ただし、私の後任がどう思うかはわからない。だからシンプルに結果を出して黙らせろ。いいな?」

「「「「はいっ!」」」」


 生徒会室に威勢の良い返事が響く。

 一難去ってまた一難という感じだけれども、確実にいい方向へと進んでいる実感があった。

 兎にも角にもバンドとして結果を出すため、私達はさらに突き進まなければ。



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