第42話 雫と水ようかん
「――はい演奏止めて。ちょっとハシり過ぎよ、ドラムしっかりして」
「……はいデス」
「もう、パワーだけでゴリ押すだけじゃ通用しないんだから。リズムをカッチリ保ってこそのドラムなの。わかった?」
「うむむ……、希空は厳しいのデス……」
希空ちゃんがワンダーフォーゲル部に加入して数日。
部室での練習はこれまでよりも更に充実したものとなっていた。
ジャズバンドやオーケストラでの演奏経験がある希空ちゃんは、テクニックはもちろんリズム感にも優れている。
前世でメジャーデビューを経験した私からみても、この歳でこのリズム感覚を体得しているのは凄いなと思うくらいだ。
性格もきっちりしているので、演奏して悪かったところは容赦なく指摘していく。
実際に演奏するとわかるけれども、自分で楽器を鳴らしながら他人のプレイに耳を傾けるというのはものすごく難しい。
そんな中で客観的に来瑠々ちゃんのリズムのブレを指摘してくるので、希空ちゃんのバンドマスターとしての能力というのも相当なものだ。
以前睦月ちゃんが言っていたけれど、本当に即戦力で間違いない。
しかしながら、あまり頻繁に演奏が止まってしまうとなると練習が進まない。それに、毎度毎度ドラムが指摘されてしまうと、来瑠々ちゃんもテンションが下がってくる。
「……ま、まあ、希空ちゃん、そのへんにしようよ。来瑠々ちゃんもいっぺんにたくさん言われたら処理できないだろうし」
「確かにそうね。ここらで休憩しましょ」
その「休憩」というワードを待っていたかのように、来瑠々ちゃんは部室の隅にある冷蔵庫を開けた。
今日は水ようかんと緑茶を用意したらしい。
ふと冷蔵庫を覗き込むと、来瑠々ちゃんが買いためたであろう水ようかんが中にたくさん入っていた。どこからこんな量を仕入れたのだろう……?
「今年も水ようかんのシーズンがやって来たのデス! 日持ちしないので皆さんも早く食べてくださいネ」
「来瑠々ちゃん……? もしかしてこの量、全部食べ切る気……?」
「当たり前じゃないデスか! 暑くなってきたんデスから水ようかんを食べないともったいないデス! 夏を逃してはいけません!」
真剣に水ようかんのシーズンインの重要性を語る来瑠々ちゃんだが、私を含めた残り三人はいまいちピンと来ていない。
前世の経験を含めても、水ようかんを食べた回数などそんなにない。田舎のおばあちゃんちで食べたかなぁ程度の認識しかないので、来瑠々ちゃんの熱弁に素直に共感することができなかった。
「まあ、騙されたと思って食べてみてください。初夏の水ようかんは真夏に食べるのとはまた違った味わいがありマスから」
「……初夏と真夏でそんなに変わるもんなのかな? 冬と比べるならまだしも」
疑問を抱きながらとりあえず水ようかんを一口食べる。
うん、さっぱりとした甘さが演奏後のエネルギーを欲した身体にちょうどいい。
季節感はよくわからないので置いておくとして、来瑠々ちゃんがチョイスしてくるお菓子はクオリティが高くて美味だ。
私は来瑠々ちゃんに美味しいよと返事をして、他の和菓子に関するうんちくは聞き流すことにした。
「そういえば雫、あの件だけど……何かいいの見つかった?」
お茶をすすりながら、何かに気がついたように希空ちゃんが言うと、いつもの自信なさげなトーンで雫ちゃんが答える。
「う、うん、とりあえず良さそうなのが一つ……」
「二人とも、『あの件』って何?」
「ほら、私がこの部で特待を取るために何かしらの大会に出ようってこの間決めたじゃない。それで雫がいろいろ調べてくれたの」
「ああー、そういえばそうだったね。完全に雫ちゃんに任せっきりだったけど……。それで、その良さそうなのってどんなの?」
雫ちゃんはワンダーフォーゲル部の部室に置いてある誰のものかわからないノートパソコンを開き、とあるウェブページへアクセスする。
ディスプレイに表示されたのは、「求ム、新たなる才能!」と銘打たれた、とある音楽コンテストのロゴだった。
「これです。アルファミュージックエンターテイメントが主催の新人コンテスト」
「『U25 AMEチャレンジカップ』……? これって、高校生限定のコンテストじゃなくない?」
「深雪さんの言う通り、確かに高校生限定の大会ではないです。もちろん、そうしたほうが結果を出せる可能性も高いのはわかってます。でも……」
雫ちゃんは急に語気を弱める。合理的ではない、私情の入った上での提案だということは、大体想像がつく。
名称の頭に『U25』と銘打たれているということは、その対象は高校生のみならず二十五歳以下の若者全てということになる。大学生や専門学校生、駆け出しのバンドマンやボーカロイドPなど多種多様な参加者が集まり、その様相は音楽界の異種格闘技みたいなものになるだろう。
さっきも言った通り、希空ちゃんの特待を取るために手っ取り早く結果を出すのであれば、競争率の低そうなところに出場するのが一番いい。しかしそれを選択しないということは、雫ちゃんなりの考えがあるということだ。
「理由があるんだよね。言いにくいかもしれないけれど、教えてくれるかな?」
まるで怯える小動物を相手にするかのように、私は雫ちゃんへ助け舟を出す。
気は弱いけれど行動には芯が通っている雫ちゃんのことなので、ちゃんと話してくれれば皆も納得するだろう。
「実は、AME――アルファミュージックエンターテイメントというのが、Shizと唯一関係のある会社なんです」
雫ちゃんは、思いもよらないことを言いだした。
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