第13話 王子とチェキ
「あのー王子、お取り込み中いいっすか?」
やや申し訳無さそうに私たちへ言ってくるその女子生徒は、あの情報通の子――
実は彼女は何かと私に協力的で、お願いするといろいろ調べものをしてくれる。
この間、雫ちゃんが軽音楽部時代に作った曲の音源を探してくれたのも、実は向井さんだったりする。彼女なしではあのライブは成功しなかったとも言えるので、影の立役者である。
ただ、私のことを『王子』と呼ぶのは恥ずかしいのでいい加減辞めにしてもらいたいけど。
「王子はやめてよ向井さん……。もしかして、例の件みつかったの?」
「そうっすそうっす。お探しの物件、見つかったっすよ」
向井さんは得意げにメモを私へ渡す。
「お探しの物件……? 深雪さん、引っ越しでもするんですか?」
「うーん、私じゃないんだけど、ある意味引っ越しみたいな?」
「深雪さんじゃなければ、どなたのお探し物件なんでしょう?」
「それはね、軽音楽部だよ」
「……えっ?」
雫ちゃんは予想外の一言に、処理落ちしたパソコンのごとくフリーズしてしまった。
私はとにかく向井さんから渡されたメモに目を通す。
「部室棟の二階、ワンダーフォーゲル部……? この部活の部室が狙い目なの?」
「そうっすね。部員は三人しかいないし、活動らしい活動もしてないっぽいっす」
「ワンダーフォーゲルって、一体なにをするんだろ……?」
『ワンダーフォーゲル』というワードなんて、私の好きな「くるり」というバンドの曲でしか聞いたことがない。
改めて意味をスマホで検索してみると、「野外活動を率先して行おうとする運動」のことらしい。要するにハイキングとかキャンプとか、そういうことを行う部活なのだろう。
「ちょっと覗いてみたんすけど、部員は三人、全員二年生っす。そしてそのうち二人は幽霊部員で、唯一部長の子が毎日部室に来て読書や宿題をやっているって感じっすね」
「それを聞くと、積極的に野外活動をしている感じはなさそうだね」
「ええ。だからバッチリだと思うっすよ? 新生軽音楽部の部室には」
その向井さんの言葉を聞いた雫ちゃんが驚きを見せる。
「新生軽音楽部って……、もしかして深雪さん、そのワンダーフォーゲル部っていうところを乗っ取るつもりですか!?」
「乗っとるだなんてそんな。部室をあんまり使っていないなら、週に一日でも二日でもいいから貸してくれないかって交渉するだけだよ」
「そ、そうですよね。深雪さんとはいえ、さすがにそんなに物騒な方法をとらないですよねハハハ……」
雫ちゃんは苦笑いする。この間の駅前ストリートライブがあまりに強引だったこともあり、他の部活を乗っ取るくらい平気でやる女だと思っているのかもしれない。行動力には自信があるけれども、さすがに真っ当ではないことはやらないよ、と雫ちゃんに告げておく。
「……まあ、本当は正攻法で生徒会に部活設立の申請するのが良いのかもなんだけどね」
「
一応正当な手続きをしようかと生徒会に部活設立の申請をしてみた。しかし、部員が規定の人数に達していないことに加え、部室棟で空いている部屋がもう無いと生徒会役員の古川さんに一蹴されてしまったのだ。
そこで諦めの悪い私は考えた。部室を持っている他の部活に交渉して、せめて週何日かでも部室を使わせて貰えないかと。
部費も納める気はもちろんあるし、軽音楽部同様に部員が少なくて廃部の可能性がある部活なら、交渉の余地は大いにあると思ったのだ。
そういうわけで私は向井さんに依頼して、条件に合いそうな部活をピックアップしてもらった。
彼女のリサーチの結果、その第一候補となったのがワンダーフォーゲル部というわけだ。
「――とまあ、概要としてはそういうわけっす。これで大丈夫すかね?」
「うん。助かったよ向井さん。ワンダーフォーゲル部と交渉してみることにする」
「じゃあ王子、お代として例のあれを頂いてもいいっすかね?」
そう言って向井さんはポラロイドカメラ――いわゆる、『チェキ』のカメラを取り出した。
そのカメラを見た雫ちゃんが、いろいろ疑問に思ったのか首を傾げる。
「お代……ですか? 深雪さんの写真が?」
「そうっす。王子からの依頼を受けるかわりに、チェキを撮らせてもらうという約束にしているので」
「現金だと生々しいからさ、向井さんと協議した上でこういう形に落ち着いたわけ」
「まあ私としては、堂々と公式に王子の写真が撮れるなら、この程度のリサーチ業務なんて何のことないんすけどね」
あははと雫ちゃんは苦笑いする。
撮られた写真が誰に渡ってどのような扱いを受けるのかはさておき、このルックスを活かせるところがあるならば大いに使ってやろうと思う。
ただでさえ現状、自身の切れるカードが少ないのだ。使えるものは使っておかなければ、Shizに近づくことなんて難しいに決まっている。
向井さんはパシャパシャと何枚か写真を撮り、撮れ高バッチリですとサムズアップして立ち去っていった。
わざわざチェキで撮るのは、スマホやデジカメと違ってコピーができない分、より貴重な感じが出るかららしい。
まるでアイドルだなと、私は自嘲するのであった。
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