第12話 王子とお弁当

「雫ちゃん、お昼行こうよ」

「あっ、深雪さん。行きましょう」


 あのストリートライブから数日。すっかり雫ちゃんと仲良くなれた私は、毎日一緒にお昼ごはんを食べる間柄になった。

 

 お昼休みになると隣のクラスへ出向き、雫ちゃんを迎えに行く。

 そのたびになんだか教室がざわついている気がしないでもないけれど、とりあえず気にしないでおこう。

 そのうち慣れてきて落ち着くに違いない。

 

 中庭のベンチに陣取り、持参してきたお弁当を開ける。気温も暖かくなってきたので、気持ちのいい昼下がりだ。


「おおー、雫ちゃんのお弁当はやっぱりすごいね。それ、全部手作り?」

「はい。とは言っても、昨日作った夕飯の残りを詰め込んでいるだけなので、そんなに頑張っているわけではないんですけど」

「いやいやいや、それってつまり毎日晩ごはんを作っているってことでしょ? 凄すぎる……」


 薄々感づいていたけれども、雫ちゃんはかわいい見た目をしているだけではなく、きちんと女子力も高いのだ。

 お料理もできるしお弁当もきちんと作っている。父親と二人暮らしと言っていたので、毎日めちゃくちゃ頑張っているんだろうなと思う。

 前世から相変わらず生活面でだらしない私とは天と地の差である。


「深雪さんも、いつもお弁当を持ってきていますよね?」

「ああ、うん……。と言っても、冷凍食品を詰め込んでいるだけなんだけど。ハハハ……」


 愛想笑いをしながら私はお弁当のフタを開けようとした時、何かに気がついた。

 そういえば今日は買い置きの冷凍食品がなくて、すごく適当にお弁当を詰めた気がする。寝ぼけていたのもあって、あんまりはっきり覚えていない。


 まるで爆発物処理班かのように恐る恐るお弁当のフタを開くと、そこにはなんとも潔い光景が広がっていた。


「これは……、きれいな日の丸ですね……」

「む、無理して褒めなくていいんだよ雫ちゃん……」


 ただでさえ手抜きなのに、よりにもよって一番手抜き具合がひどいやつを雫ちゃんに見られてしまった。

 私のお弁当は白米とそのど真ん中に真っ赤な梅干しがひとつ。いわゆる『日の丸弁当』である。

 花の女子高校生のお弁当としては、さすがに無骨すぎやしないか。


「ご、ごめん、よりにもよって一番手を抜いた弁当をお見せすることになってしまって……」

「い、いいんですよ、深雪さんも忙しいでしょうし。朝は時間がいくらあっても足りないですよね」


 雫ちゃんのフォローが痛い。

 別に特段忙しいこともなく、ただ単に早起きが苦手でいつもギリギリで生きているだけなのだ。雫ちゃんのその優しさが逆に心にくる。


「あの、よかったら深雪さんの分もお弁当を作りましょうか? 私の作るおかずで良いのならですけど……」

「そ、そんな、申し訳ないよ。ただでさえ大変なのに、私が雫ちゃんの負担を増やすなんて……」

「そんなことないです。深雪さんにはお世話になっていますし、それに……」

「それに?」


 雫ちゃんは少し恥ずかしそうにしている。言いにくいことなのだろうか。


「実は、この春から父が昇進して、結構出張で家を開けることが増えたんです。父がいないのに癖でうっかり二人分の食事を作っちゃうことも増えてしまいまして」

「あー、わかるわかる。結構やっちゃうよね。そして余らせちゃって大変な思いをするやつ」

「そうなんです。足が早い食材を使っているとなおさら大変で……」


 私は前世での下積み時代を思い出した。バンドが売れる前のお金がなかったときは、シズカとルームシェアをして家賃を節約していた。

 シズカは壊滅的に料理が下手だったので、食事担当は私。それほど料理が上手いわけではなかったけど、必要に強いられたおかげでそこそこのものは作れるようになった。

 しかしながら、雫ちゃんと同じようにシズカがいないときでも二人前の食事を作ってしまう事がよくあった。その処理が大変だったこともよく覚えている。


「そしてなにより、一人分だけ作るのって結構大変なんだよね。いろんなレシピを見ても大概は二人分の量だし、スーパーに行って一人分の材料だけ買うと割高だし……」

「そ、そう! そうなんです! ……そういうわけで、深雪さんのお弁当を作ってきてもいいですか!?」


 雫ちゃんは急に身を乗り出して勢いよくそう言ってくる。こう強く言われてしまうと、私も断るに断れない。

 まず間違いなく美味しいお弁当が毎日出てくるのだからデメリットはない。むしろ、朝のダラダラ時間が増えてギリギリまで寝ていられるという、夜型人間の私にとっては大きなメリットがあるくらいだ。雫ちゃんが大変でないのであれば、願ったり叶ったりである。


「わ、わかったよ。雫ちゃんの負担が重くないなら、とりあえずお願いしてみようかな。お金はちゃんと払うから……」

「はい! ふつつかものですがよろしくお願いします!」


 なぜか雫ちゃんはとても嬉しそうだった。

 まあでも、この間までの暗い表情が続くよりは全然この方がいい。雫ちゃんが前向きな気持ちになってくれたのだから、私としても次の段階へコマを進めようかなと考えている。


 お弁当を食べ進めていると、目の前に一人の女子生徒が現れた。


「あのー王子、お取り込み中いいっすか?」


 やや申し訳無さそうに私たちへ言ってくるその女子生徒は、あの情報通の子――向井むかいさんだった。

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