第11話 深雪とライブ② ◇雫

 ふと気がつくと、閑散としていたはずの駅前広場には人だかりができていた。それも十人や二十人の単位ではない。五十人……いや、百人くらいいてもおかしくない。そんな数のオーディエンスが、私たちのライブに釘付けだったのだ。


「ねえ凄くない? めっちゃShizに似てるよね」

「声そっくりだよね。もしかして本人?」

「いやいや、本人がこんな駅前で路上ライブしないでしょ」

「ギターもいいしコーラスも合ってるよね」

「近所の高校生かな? 将来有望って感じ?」

「もう終わりなのかなー、まだ聴いてたいかも」


 ざわざわとそんな声が聴こえてくる。私たちのライブに、こんなたくさんの人が惹きつけられているなんて夢のようだった。


「ね? 言ったでしょ? 雫ちゃんは、ちゃんと音楽で人を楽しくできる力を持ってるんだよ」

「もしかして深雪さん、これを見越して……?」

「ふふふ、それはどうかな」


 深雪さんは少し得意げにそんな顔をする。彼女がいなかったら、多分私はこんな景色を見ることなどなく、ただ平凡な人生を送るだけだったかもしれない。もちろん、お姉ちゃんに会えるかもというわずかな可能性も闇の中に葬り去っていたと思う。


 でも、深雪さんは私を見つけ出してくれた。

 この人となら、諦めたはずの音楽をもう一度やり直せる気がする。

 さっきまでの私の絶望感みたいなものは、もうどこにもいなくなっていた。

 

 オーディエンスはさらにざわざわとしている。私たちの歌を期待しているのだ。

 しかしここで、私はあることに気がついてしまう。


「あの……、深雪さん」

「どうしたの?」

「もう私、演奏できるShizの曲が無くて……」

「そっか。じゃあ仕方がないね、『あれ』をやろう」

「……『あれ』ですか?」


 私は『あれ』が何を指しているのかわからず、頭上に『?』マークを浮かべる。

 すると深雪さんはマイクのスイッチをいれて、突拍子もないことを言い始めた。


「じゃあ次で最後の曲です。ここまで全部Shizの曲だったんですけど、最後だけオリジナル曲をやらせてください」

「え、ええー!!??」


 どの観客よりも驚いていたのが他でもない私だった。あまりのリアクションに、オーディエンスの人たちから小さく笑い声が聴こえてくるくらいだ。


「ちょ、ちょっと深雪さん! さすがにオリジナルは……」

「ん? 大丈夫大丈夫、ちゃんと雫ちゃんのオリジナル曲の音源を手に入れて練習してきたから」

「そ、そういうことではなくて……」

「ほら、お客さんを待たせちゃいけないし、さっさといくよ?」

「ま、待ってくださいよー!」


 深雪さんは待たないよと言って、タイトルコールをする。

 

「――じゃあ最後の曲です。『FIND OUT』」


 カウントを入れて曲が始まる。本当に深雪さんは私のオリジナル曲を覚えていて、なおかつカッコいいギターアレンジとコーラスまでつけて来たのだ。


 オーディエンスは大盛況のままライブは終わった。

 サインをくださいとか、握手してくださいとか、名前はなんていうのとか、今度はどこでライブするのとか、一気にファンを獲得できたそんな劇的なライブだった。


 なぜかわからないけれど深雪さんは段取りが良くて、そんなお客さんたちの対応もあっさりこなすし、なんならサインまで考えていた。不思議だけど面白い人だ。


「ふうー、やっと片付けまで終わったね」

「はい。あの……、今日は本当にありがとうございました」

「いいのいいの。むしろ感謝すべきは私のほうだよ。雫ちゃんたら、こんな無茶振りに完璧に応えて来るんだもん。びっくりしちゃった」

「無茶振りすぎて本当に大変だったんですから! もう!」

「ごめんごめん。でもこれで、まだ雫ちゃんは音楽を続ける気になれたかな?」


 そんな質問、もはや答えるまでもない。

 深雪さんが私を見つけ出してくれたから、希望の光が見えたのだ。もう何も彼女の要求を拒否する必要なんてない。


「……もちろん、続けます。ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」

「うん。よろしく、雫ちゃん。じゃあ、打ち上げ行こうか」

「打ち上げ……ですか?」

「そう、ケーキ食べに行くって言ったじゃん」

「はっ……、確かにそうでした。おごってもらえるって」

「ふふ、しっかり覚えてるね。じゃあほら、おいでよ」


 深雪さんは私に手を差し伸べる。もちろん、私はその手を握り返した。


 これから先、この人と一緒に音楽をやっていけば、困難なことでもきっと光が見えてくる。そんな気がしたのでした。


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