第10話 深雪とライブ① ◇雫
◇雫
「雫ちゃんおはよー。待ってたよ」
「み、深雪さん……? これは一体……?」
「ん? 見ての通り、パワードスピーカーとマイクだけど?」
すっとぼけた表情で深雪さんはそう返答する。
駅前広場の端っこ、少し日陰になる場所で深雪さんはなにやら機材を広げていたのだ。
ストリートライブをやるためによく使われる、インカム型のマイク。ギターやマイクの音を拾って増幅して鳴らす、バッテリー式のパワードスピーカー。さらには深雪さんも自身のギターを持参している。
これがとどのつまりどういうことかというと、今からストリートライブをやるということに他ならない。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 私、ライブをやるなんて聞いてないんですけど!?」
「そりゃ言ってないもん」
「どうして言ってくれないんですか!」
「だって、ライブやるよって言ったら雫ちゃん来てくれないと思ったから」
「そ、そんな理由で……」
私は少し呆れるように肩をすくめた。これではまるでドッキリだ。
でも深雪さんはお構いなしに準備を進める。どこから調達してきたのかわからないけれど、機材はきちんと二人分用意されている。
「あ、あの、私、ストリートライブをやるつもりは……」
「えー? 雫ちゃんなら大丈夫だよ。この間聴いた歌、めちゃくちゃ上手だったし」
「そ、そうじゃなくて、持ち歌が……」
「大丈夫大丈夫。Shizの曲なら一通り練習してきたから任せてよ。こう見えてもギターには自信あるよ? コーラスはミスったらごめんだけど」
違う違う、私が言いたいのはそういうことじゃなくて、と言いたいのだけれども、何故か深雪さんの言葉に上手いこと流されてしまっていた。
気がつくと私は持参したギターケースを開けていて、チューニングまで完璧に済ませている。
「おおー、やっぱりギターを構えるとかっこいいね雫ちゃん。様になっていると思うよ」
「そ、そうですか……? というか、本当にライブをやるんですか?」
「ここまで準備しておいてやらないわけにはいかないでしょ。大丈夫大丈夫、そんなに人もいないし、ここでよくライブをやっている人もいるからそんなに通行人の人たちも気にならないって」
「で、ですけど……」
私は尻込みをしてしまう。駅前とはいえ広場の端っこなので、人通りはそれほど多くはない。深雪さんの言う通り、このあたりではいつも誰かしらがストリートライブをやっているので、それほど私たちが変なことをしているふうに見られるわけでもない。
しかし、いざ人前に立つと嫌な思い出がよみがえってくる。
「……やっぱりやめましょう、私が歌っても誰も楽しくなんてならないですよ」
「そんなことないよ? ここに楽しいなって思う人がちゃんといるから」
「深雪さん……?」
「この間部室で雫ちゃんが歌っていたとき、私がトチって歌の邪魔をしちゃって止めちゃったでしょ? あの続きがずっと聴きたいなって思っててさ」
「た、確かにそんなこともありましたけど……」
「今日はそれの延長みたいなものだと思ってよ。歌い終わったらケーキでも食べに行こう。この間のお詫びってことで」
なぜだかわからないけど、深雪さんは音楽から逃げようとする私の退路を塞ぐのがとても上手い気がした。
まるで、今まで何度もそういうことを経験してきたかのように、逃げる選択肢を潰してくる。でも、不思議と嫌な感じはしなくなっていた。
「本当に、今日だけですよ……?」
「うん、それでもいいから聴かせてほしい」
強い眼差しで私を見つめる深雪さん。もうどうにでもなれとヤケになりながら、私は自分の担いでいるギターを鳴らし始めた。
最初はShizの中でも疾走感あふれるナンバーである『Sky High』という曲。ライブをやるなら、これが一曲目にふさわしいだろう。
……あっ、そう言えば何の曲をどういう順番でやるか、深雪さんと全く打ち合わせていない。ということに、私はギターを鳴らし始めてから気がついてしまった。
一旦曲を止めて改めてセットリストを相談しなきゃ。そう思った矢先、深雪さんは何も言わず、私の演奏についてき始めたのだ。
打ち合わせなくともこの曲が『Sky High』であることをわかっていて、なおかつちゃんとギターのフレーズも弾けている。
――すごく上手い。
Shizの楽曲ははたまにテクニカルなフレーズが現れることがある。この『Sky High』のイントロがまさにそのひとつだ。
原曲は歪んだエレキギターが唸るエモーショナルな雰囲気だから、正直なところアコースティックギターが二本というこの編成で原曲の良さを出すのは難しいかなと思った。
でも深雪さんは編成と楽器の音色に合わせてアレンジを加えてくる。原曲の良さが全く失われていない。
この人は一体何者なのだろうと思うくらい、深雪さんのプレイングは円熟味があった。
「どうも通行人のみなさんこんにちは! 今日はShizの曲をいくつか演奏しますのでぜひ聴いていってください!」
イントロの合間に深雪さんはきちんとMCも挟んでくる。とても手慣れていて、この人はいつもこんなふうにライブをしているのではないかと思ってしまうくらいだった。
とてもやりやすい。一人だったら機材の段取りから場所の確保、歌や演奏、MCまで全部自分でやらなければならない。
自分の足りない部分を補ってくれる人は誰もいないのだ。でも、今は違う。
私が得意としていることを深雪さんはきちんとわかっていて、それを引き立たせようとしてくれる。逆に、私の苦手なことは深雪さんがサポートしてくれる。
こんなにライブをやることが楽しいだなんて、夢にも思わなかった。不思議と、いつもよりのびのびと歌える気がした。
誰かのためとか深雪さんが聴いてくれるとか以前に、まず、自分が楽しめていることに私は気がついたのだ。
一曲で終わるのはもったいないなと感じながら、『Sky High』はクライマックスを迎える。
「ありがとうございました! 『Sky High』という曲でした!」
深雪さんが通行人へそう言うと、再び私の方を向く。
マイクのスイッチを一旦切って、彼女は私へ何かを告げようとする。
「雫ちゃんの好きな曲を好きな順番でやってよ。私、全部それについていくからさ」
深雪さんは持ち前の爽やかな表情でそう言ってくる。不覚にも、ちょっと勘違いしてしまいそうなくらい、キュンとする一言だった。
でも、よくよく考えると深雪さんはすごいことを言っている。たった数日でShizの曲を全部暗記して、さらに自分なりのアレンジを加えてくるのだ。とても高校生レベルのギタリストとは思えない。
しかしそんなことを考える余裕もなく、一曲歌いきって気持ちがハイになっていた私は、彼女の言葉をその通りに受け止め、次の曲を始めた。
再び私はギターを鳴らす。『Sky High』でテンションを上げたあとには、その勢いを維持するナンバーがいる。選んだのはもちろんこの曲だった。
「次の曲は、『FOREVER YOUNG』」
私が説明するまでもなく、深雪さんがタイトルコールをする。
自分のことをわかってくれているという安心感と、どんなふうにアレンジして演奏してくれるのか楽しみだなというワクワク感。
この人となら、絶対に楽しく音楽ができる。私は歌いながら、そう確信してやまなかった。
私は私の思うがままにShizの曲を選び、歌っていく。その度に深雪さんは並々ならぬテクニックで一緒に演奏してくれるのだ。
――楽しい。このままずっとライブをしていたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます