第9話 軽音楽部と駅前広場 ◇雫
◇雫
「――岸田さんってさ、ちょっと必死すぎない? 私たちは別にそんなガチなつもりで軽音楽部に入ったわけじゃないんだけど?」
「わかるわかる、自分が上手いからってあんなふうに頑張られると、こっちが惨めだよね」
「あー、なんかやる気失せちゃったなあ。バンドやって文化祭で楽しくわいわいやりたかっただけなんだけど、これじゃあなんか違うよね」
「そうだねー。部活やめちゃう?」
「全然あり。放課後にみんなで駄弁ってたほうが楽しいわ」
ある日部活に行こうとしたとき、部室の中から聞こえてきたのは私に対する悪口だった。
運悪く扉の前でそんな会話を耳にしてしまったおかげで、私は心のなかで張り詰めていたものが弾けてしまった。
去年の秋、軽音楽部の先輩方が引退して、部員は私一人になった。
新しく部員を集めようと勧誘を頑張った。口下手で気が弱い私なりに、一生懸命頑張って部員を集めようとしたのだ。
そうしなければ来年の春にこの軽音楽部は消滅してしまう。生徒会にいる幼馴染の希空ちゃんからそういう忠告を受けて、私は動かなければいけなくなった。
この部活がなくなってしまえば、Shiz、いや、お姉ちゃんを捜すための唯一の方法を失ってしまう気がしたから。
でも、現実はそんなに甘くなかった。部員は一人も定着しなかったのだ。
それだけではなく、今みたいな私に対する悪口まで噴出してくる始末。
Shizは音楽でみんなを楽しい気持ちにさせてくれる。だから私もそんなふうになりたい。
けれども実際は違う。私は音楽で人を楽しませるどころか、不快な気持ちにさせてしまっている。
根本から何かが違うんだ。だから私にはShizを追いかける資格なんて、本当は無いのかもしれない。
これからはただのShizのいちファンでいよう、大人しくしていよう。そう思ったとき、私は軽音楽部存続への道を諦めたのだった。
二年生に進級して、軽音楽部は正式に消滅した。
最終日に来てくれた人――深雪さんは、私が歌っていたShizの曲にやけに興味を示していた。けれども今部員が一人増えたところで焼け石に水。
バンドに誘われたけれど、結局これまでと同じような展開になってしまうに違いない。私はそういう人間なのだから、仕方がないんだ。
これからはもう普通の高校生だ。何か新しいことを見つけて、音楽のことなんてきれいさっぱり忘れてしまえばいい。
※※※
ある日、深雪さんから私のスマホにメッセージが入った。この間なんとなく連絡先を交換したのだけれども、いざやりとりするのはこれが初めてだ。
メッセージの文面を見て、私は少し驚いた。
『日曜日ひま? もしよかったら、ギターをもってここに来てくれないかな?』
深雪さんから送られてきたのは、その一文と場所を示す地図アプリの位置情報だった。
それをタップして地図アプリを起動すると、深雪さんが指定してきた場所に私はまた驚く。
『集合場所って、まさか駅前ですか?』
『そう、駅前。アコースティックギターを持ってきてね』
『ギター持参って……、何をやるつもりなんですか?』
『それはお楽しみに じゃあ、日曜日の十時によろしく』
そこで私は『わかりました』という犬のキャラクターのスタンプを押して、メッセージのやりとりは終わった。
日曜日は特にやることもないので断る理由がない。深雪さんはギターが弾けると言っていたので、おそらくちょっと鳴らして遊ぼうとかその程度のことだろう。特に深い意味はない、そうに決まっている。
そんな勝手な思い込みをしながら、日曜日を迎えた。
指定の場所の駅前広場、約束の少し前の時刻に私はアコースティックギターを担いで赴いた。
すると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
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