第14話 来瑠々と大あんまき

 放課後になって、私と雫ちゃんはワンダーフォーゲル部の部室へと向かった。

 おあつらえ向きに角部屋である。しかも、隣の部活はダンス部。部室は実質的に更衣室になっているので、多少音を出しても問題ない場所だ。

 向井さんの完璧なリサーチに感謝しつつ、私と雫ちゃんは扉のガラス窓から部屋の中の様子を観察する。


「……やっぱり向井さんの言うとおり、一人しかいないね」

「はい。おっしゃっていたとおり、宿題をやっているように見えます」

「でも、うまく交渉できるかな……?」

「大丈夫ですよ。深雪さん、口が上手いので」

「い、いや、そういうことじゃなくて……。ほら、あの子どう見てもさ……」


 再び私は部室の中にいる子に目をやる。

 割と押せ押せな私がちょっと行くのをためらってしまう理由は、その子の容姿を見れば理解できるだろう。


「確かにどう見ても外国人、もしくはハーフの子ですよね。私、あんなに長くてきれいな金髪、初めて見ました」

「多分留学生か何かかなあ。私、英語に関しては全く自信がないんだよね……」

「わ、私も洋楽の歌詞の意味がぜんぜん分からなくてグーグル翻訳に頼ってしまうレベルです……」


 二人して英語力は壊滅的である。こりゃ駄目だと私が大きくため息をつくと、つられて雫ちゃんも小さくため息をついた。

 

「……そこで何やってるんデスか?」

「うわああ!!」「はわわわ!!」

 

 突然話しかけられてびっくりしてしまった私と雫ちゃんは、おそらく今シーズン一番の大きな声を出した。


「い、いや、決して怪しいものでは……」

「そそそそうです、ちょっと見学に来ただけです……」

「見学……デスか?」


 目の前に立っていたのはこのワンダーフォーゲル部の部長であろう人。金髪ロングヘアの碧い眼で、頭におだんごを一つ付けた髪型をしている。

 色白で綺麗なその子は、小動物系の雫ちゃんとはまた違ったタイプの美少女と言えよう。


「見学はいいんデスけど、特に活動らしい活動はしてないデスよ?」

「中に入ってお話をするだけでもいいです、お願いします!」

「お、お願いします、お茶菓子もあるので……!」


 雫ちゃんはそう言って、持っていた手提げ袋を差し出す。その中には地元の老舗和菓子屋――藤田屋ふじたやで売っている『大あんまき』が入っていた。


藤田屋ふじたやの大あんまきじゃないデスか! これはこれはどうもご丁寧に。さあさあ、中へどうぞどうぞ」


 とりあえずファーストコンタクトは成功だ。向井さんのメモにあった『いつも部室には和菓子が置いてある』という情報が役に立った。

 学校の近くのショッピングモールまで出向いて、わざわざ藤田屋の大あんまきを買いに行った甲斐がある。


「まあまあお茶でも飲んでください。このくらいしかおもてなしできないデスが」

「い、いやいや、十分すぎますって。これ、ペットボトルのお茶じゃなくてちゃんと急須で入れたお茶だし……」

「お客さんが来るのも珍しいデスからね、たまにはこのくらいさせてください」


 すっかり客人扱いされてしまった私たちは、とりあえず出されたお茶をすする。これから話すことが話すことだけに、温和な状態で話を進めるに越したことはない。

 若干片言ながら流暢な日本語で会話してくれるので、こちらとしてはとても助かる。


「そういえばすっかり名乗り忘れていました。私は来瑠々くるる・マグワイアといいマス。アメリカ人の父と日本人の母がいるハーフなのデス。こう見えて、ワンダーフォーゲル部の部長をやっていマス」

「ええっと、石渡深雪です」

「お、同じく、岸田雫です……」

「おー、深雪と雫デスね。二人は入部希望ということデスか?」


 来瑠々ちゃんにそう聞かれた私は、ここしかないと思って話を切り出す。


「じ、実は、マグワイアさんにちょっとお願いがあって」

「来瑠々でいいデスよ。お願いってなんデスか?」

「私とここにいる雫ちゃんは、実はバンドをやっていて――」


 頭の中でしたためていた説明文を淡々と述べた。ギターのアドリブはきくけれど、こういう喋りごとに関しては予め文面を用意しておかないと私はうまく喋れないタチである。


 こんな不躾なお願い、十中八九拒否されるかと思っていたけれども、来瑠々ちゃんの反応は意外なものだった。


「おー! ロックバンドをやるんデスか! それはサイコーデスね! 実は私もロックンロール大好きなのデス」

「ほ、本当!? それなら、入部する代わりに部室を貸してもらえたりしないかな? 部費もちゃんと払うし、なんなら雑用とかもやるし……」

 

 私はこのチャンスを逃すまいと身を乗り出して交渉する。隣にいる雫ちゃんも、口下手なりにうんうんと首を縦に振って私の言葉を後押ししてくれる。

 

 ちょっと話が脱線してロックの話をしたりできるくらい、来瑠々ちゃんは音楽が好きそうだった。とてもイキイキと話していて、元気な女の子という感じ。私が男の子だったならば、毎日彼女のもとへ通い詰めてたくさんお話をしたい。そんな可愛さと魅力が来瑠々ちゃんにはある。

 

 反応は悪くない。これなら間違いなく部室を借りられる。

 そう思って確信をしていたのだけれども、来瑠々ちゃんから返ってきたのは、私たちの意にそぐわないものだった。


「――ごめんなさい。申し訳ないのデスが、これはすぐに決められることではなさそうデス。私だけの判断で決めたらダメなことになっていマスので……」


 私と雫ちゃんはもう部室を拝借できるものだとばかり思っていたので、凄まじいシンクロ率で「えっ?」という声が出た。

 待て待て、ここは一旦落ち着こう。

  

「そ、そうですよね。部員は三人いますもんね! 後でもいいので、皆さんで結論が出たら教えてもらえませんか?」

「それはいいデスが……、おそらくお二人の思うような結果にはならないかと思いマス」

「それはどうして……? 他の部員の方は部活にも顔を出していないのに……?」

「まあ……、うちにも色々あるんデス。今のままだと、うちの部が軽音楽部の後釜になるのは無理デス」


 部長である来瑠々ちゃんの口から「無理」だとばっさりと言われてしまった。

 先程まであんなに明るかった来瑠々ちゃんの表情が突然曇ってしまった。私はその変わりっぷりに違和感を抱く。


 何か裏があるかもしれない。しかし今はそれを追求するタイミングではないと思うので、ここは一旦引くことにしよう。また頃合いを見て和菓子持参でここに来れば何かわかるかもしれない。


「そっか……、じゃあ今日はこのへんにしておくよ」

「すみませんね、せっかく来ていただいたのに申し訳ないデス」

「また今度、お菓子を持って遊びに来るよ。今度は『手風琴の調べ』でいいかな?」

「もちろんデス! あれはあんことパイ生地のハーモニーが絶妙で史上最高に美味しいのでいつでもウェルカムデス!」


 という感じで、来瑠々ちゃんとのファーストコンタクトは悪くなかったけれども、部室については断られてしまったという結果に終わった。


 ワンダーフォーゲル部に入りたいと言い出した途端に彼女の表情が曇り始めたので、もしかすると他の部員が何か鍵を握っているかもしれない。

 来瑠々ちゃんに別れを告げて部室をあとにする。そしたらすぐに私は雫ちゃんと反省会を始めた。


「うーん、どうしたらうまくワンダーフォーゲル部と合流できるかなあ……」

「マグワイアさんのあの様子だとちょっと難しそうですね……。向井さんに頼んで、もうちょっと他の部活もリサーチしてもらいますか?」

「それも一つの手ではあるけれど……」


 現状、ワンダーフォーゲル部の部室の立地は完璧だ。ここよりいい場所など、おそらく存在しないかもしれない。

 来瑠々ちゃんも決して相容れない人間ではないので、ここはじっくり対話を続けるべきだ。と、私は融和策を取ることにした。


 ワンダーフォーゲル部からの帰り路、部室棟の二階から一階へと続く階段を降りたところで、私たち二人は誰かに呼び止められた。


「おい、ちょっとお前らに話がある」


 女子にしては低めでハスキー声、口調も威圧的で友好的な人には思えない。ふと声の方を振り返ると、そこには背の高い女子生徒が一人立っていた。


「……金輪際、ワンダーフォーゲル部にちょっかい出さないでもらえねえか? 迷惑なんだよ」


 明らかに私たちを排除したいという、そんな気持ちが圧縮されたセリフだった。

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