第7話 王子とお弁当
軽音楽部消滅の翌日。私は授業を聞き流しながらぼーっと考え事をしていた。
ゆうべ、動画サイトやサブスクを漁ってShizの曲をひたすら聴いた。『親愛なるあなたへ』を皮切りに、やっぱりどこかで聴き慣れた曲調で、声こそ雫ちゃんそっくりだけど歌い方の癖なんかはやはりシズカそのものだった。
曲を聴いて確信がさらに深まった。まず間違いなくShizはシズカだ。
他にも色々調べてみたけれども、雫ちゃんが言っていた通り全然情報がない。もちろんコンタクトを取るための窓口すら見つからない。
このまま私や雫ちゃんが一般人のままでいては埒が明かない。やはり、何かしらの方法で世間に名を売ることでShizに認識してもらう。もしくは、Shizにコンタクトが取れるレベルのビッグネームになる。という方法しか私には思い浮かばなかった。
そのためには、活動の土壌となる軽音楽部をなんとしてでも復活させる必要がある。もう一度雫ちゃんと会って、作戦を立てなければ。
お昼休みになって、私は雫ちゃんのいるクラスに出向いてみた。
「あの、岸田雫ちゃんいる?」
そのへんにいた雫ちゃんのクラスメイトに話しかける。すると、なぜだか周囲のみんなから驚いた顔をされてしまった。
「うわっ……、四組の王子だ……、めっちゃイケメン……」
「本当だ、他のクラスに来ることあるんだ……。眼福……」
「いつも四組でダルそうにぼーっとしているのに、うちのクラスに来るなんて激レアじゃん」
「えっ? えっ? 誰が王子のお目当てなの? まさか私じゃないよね?」
周りがざわつき始めて、私は自分のキャラのことをすっかり忘れていた。
こういうボーイッシュな見た目をしているせいか、よくわからないけれど、この学校のある界隈では私のことを『王子』と呼んでいるらしい。
実際はズボラで女子力が低いだけなのだ。けれども、女子しかいないこの学校ではちょっと私みたいなのは刺激的なのかもしれない。
普段の昼休みはテキトーに昼食を取って昼寝をするだけなので、『昼休みに王子が行動している』という事実で界隈は盛り上がっているようだった。変に注目されていてちょっと恥ずかしい。
「あのー……、私の話、聞いてる?」
「あっ、すいません。そ、それで王子、誰をお探しっすか?」
「王子はやめてよ王子は……。あの、岸田雫ちゃんを捜しているんだけど」
「岸田……さん……? ああ、あの軽音楽部の人っすよね。あそこにいますよ、ほら」
話しかけた女の子が指差す先には、自席に座って一人お弁当を開けようとする雫ちゃんがいた。
私はお礼を言って雫ちゃんの席へと向かう。なぜだかありがとうと言われた女子生徒はすごく嬉しそうに見えた。まったく最近の女子の好みというのは、よくわからない。
「こんにちは雫ちゃん。お昼、一緒にどう?」
私の存在に気がついた雫ちゃんは、ふと顔を上げる。
「……深雪さん? 構いませんけど、いいんですか?」
「なにが?」
「いえ……、何やら深雪さん、とても注目されているように見えるので」
「……確かにそうかも。じゃあ、中庭に行かない? そこなら人目も気にならないだろうし」
雫ちゃんはそうですねと言って開いていたお弁当の包みを一旦元に戻した。
そうしてやけに視線が気になる教室を抜け出して、中庭にあるベンチに私と雫ちゃんは腰かけた。
「やっぱり雫ちゃん、バンドをやる気にはならない?」
昼ごはんに手をつける前に、私は真っ先に話題をふる。
雫ちゃんもなんとなくこの話が出てくるのだろうとわかっていたようで、予め用意していた答えを返してくる。
「ごめんなさい。やっぱりバンドは無理です。部活も部室もなくなっちゃったし、どうしようもないじゃないですか」
「それはこれからなんとかするよ。部活も部室も取り戻すから。それでも、とりあえずでいいからバンドを組むのはダメかな?」
とにもかくにも私と雫ちゃんが手を取り合う所から始めないといけない。そう思って勧誘したのだけれども、なぜだか雫ちゃんは浮かない顔をしている。
「昨日も言いましたけど、私、バンドを組んでも長続きしないんです。すぐに解散しちゃって。それで軽音楽部にも部員が定着しなくてこんな風になっちゃったんですよ」
「どうして? 歌もギターも結構上手だったと思うし、雫ちゃんはわざわざ喧嘩をして仲を悪くするような人には思えないんだけど?」
「……深雪さんはそう思ってないかもしれませんが、事実としてこうなっているんですよ。だから私が悪いんです。」
雫ちゃんは考えることを放棄して、全部自分のせいということで問題を終わらせようとしていた。でも、そうなってしまった原因を突き止めなければ何も解決しないし、ずっとこのままになってしまう。
Shizのことを抜きにしても、部活を失って何も楽しいことのない学園生活を送るのは、さすがに雫ちゃんが不憫すぎる。
「いいんです。そんなに明るい性格じゃないし。辞めていった人たちはみんな、『岸田さん一人で音楽をやればいい』って言うので、そういう人間なんですよ、私」
「……なんか変だよそんなの、おかしいよ」
「でも事実だから仕方がないです。だから、もうバンドはやりません」
雫ちゃんはお弁当を開けてたんたんと食べ始める。私は物憂げな彼女をずっと見ていることしかできなかった。
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