第26話 希空と生徒会室

「ここで話すのもなんだし、生徒会室にいらっしゃい。そこに彼女もいるわ」


 古川さんがそう言うと、私たちは黙って彼女の後についていった。


 中村さんの処分に関してはかなり重めになるのではないかと私は想像している。

 最悪の場合を想定してあれこれ考えているうちに、私たちは生徒会室の前までやってきた。

 扉を開けると、神妙な面持ちで椅子に座る中村さんがいた。


「ほら、お仲間を呼んできたわよ」

「……なんだよ、こんなみっともないところをわざわざ見に来なくてもいいだろ」


 古川さんの言葉に対して、中村さんはぶっきらぼうに吐き捨てる。

 気まずいのか、中村さんは私たちと目を合わそうとしない。


 そんな重い空気の中、来瑠々ちゃんが中村さんのもとへと駆け寄り手を握る。


「葉! ……心配したんデスからね。怪我とか、していないデスか?」

「し、してねえよ。ちょっと腹に蹴りをもらったくらいだ。もう痛くないし、別にこれくらいどうってことない」

「どうってことなくないデス! 葉はいつもそうやって無理をするんデスから」

「無理なんてしてねえよ。こんなの、俺がヘマをしただけの話なんだから、お前には関係ない」

「そうやって葉はいつも一人でなんとかしようとしマス! それがとても心配なのデス!」


 中村さんの手を握る来瑠々ちゃんの力が、少しずつ強くなっていく。


「葉は私のことで戦っていたのデスよね? なのに私には相談すらなくて、話も聞いてくれないし……」

「それは……、関わらせたくない奴らだったし……」

「私はずっと、葉に嫌われたのだとばかり思っていました。もうどうやっても、昔のようには戻らないのだと……」


 来瑠々ちゃんの声が上ずる。碧い瞳はその形を歪めるかのように、涙でうるんでいた。


「……ごめん、来瑠々。俺が悪かった」

「悪すぎデス! 絶対に許せないデス!」

「……許してもらおうなんて思ってない。でも、今回のことは、本当に反省してる。ごめん」


 ただただ自分のやったことを反省する中村さんの姿に、来瑠々ちゃんはそれ以上彼女を責めることはしなかった。


「それで……、結局葉はどういう処分になったんデスか……?」

「ああ、それなんだけどな……。ちょっと複雑というかなんというか……」


 中村さんは困った表情を浮かべた。

 下された処分の内容が内容なので、自身の口から言いにくいというのもあるだろう。


「それは私から説明するわ。彼女の言う通り、いろいろ複雑なことになっているから」


 古川さんがそう言って皆の前へ出る。

 生徒会室で酷使されて黒ずみかけているホワイトボードの前に彼女が立つと、まるで教鞭をとるかのように説明を始めた。


「結論から言うと、中村さんの処分は『停学六ヶ月』に決まったわ」


 全く淀むこと無く、綺麗な声で古川さんはそう言う。

 そして、想定外のような想定内のような、そんな中村さんの処遇に私は息を呑んだ。 


「ねえ古川さん。ろ、六ヶ月って、かなり重めじゃない……?」

「そうね。規定なら退学処分の一つ手前といったところよ」

「でも、中村さんはむしろ被害者なんじゃ……」

「甘いわね。たとえ脅されていたとはいえ、暴力事件を起こしたことと、反社と関わっていたという事実には変わりないじゃない」

「そ、そうだけど……」


 停学六ヶ月。

 それはつまり実質的に留年が決定し、卒業後の進路にも大きく響いてくる重さだ。

 退学処分にしない代わりに、自主的に学校を辞めるよう促されたりするところもあるだろう。


「まあでも、さすがにそれじゃあ血も涙もないんじゃない? って意見が出たわ。だから学校側と生徒会で徹底的に議論したの。それで時間がかかったってわけ」

「じゃあ、何かしらの譲歩があったってこと?」

「そういうことね。一定条件をクリアすれば、停学を二ヶ月まで減らそうってことになったわ」


 その朗報に皆の顔が明るくなる。二ヶ月の停学ならば留年せずに済むかもしれない。

 でも、なぜそのような大幅な減刑が行われたのだろう。疑問に思っていると、その理由を古川さんが話し始める。


「彼女、反社にお金をせびられていたわけなんだけど、全部自分のバイト代を充てていたみたいなのよ」

「ええっ!? じゃああのATMから引き出したお金は自腹だったってこと!?」

「そういうこと。私はてっきりワンダーフォーゲル部の部費を着服していたんじゃないかって疑っていたんだけど、どうやら口座からお金を引き出しただけで、結局手を付けてはいなかったの」


 私と古川さんは中村さんの方を向くと、少し恥ずかしがって中村さんはそっぽを向く。


「……だから言ってんだろ、自分で解決しねえとダメだって。アイツらがワンダーフォーゲル部の金を嗅ぎつけたらまずい思って、予め抜いておいたんだ」

「そう……、だったんデスね……」

「部の口座から抜いた金は全額返済したよ。ビタ一文手をつけてねえからそのへんは安心しろ」

「さっき口座を確認させてもらったけど、耳を揃えて綺麗に返済されていたわ」

「へっ、当たり前だ」


 中村さんは不愉快そうにそう返す。

 こう見えて意外と彼女は義理堅くて、裏切るような行動をしていてもなんだかんだ筋を通している。ただそれが言葉足らずで不器用だったという、ただそれだけのことなのだ。


「だから今後同じような疑いを持たれないために、中村さんをワンダーフォーゲル部から除名処分とすることで停学を二ヶ月に減刑しようってことになったわけ」


 古川さんは淡々と述べる。そして何かの書類を中村さんの目の前に置いた。


「んで、今ここでその誓約書に中村さんがサインすれば、停学は二ヶ月になるわ」


 目の前の机に置かれたのは誓約書だった。そこには中村さんがワンダーフォーゲル部から除名される旨、そして金輪際部活動に関わらなければ停学を二ヶ月まで減らすという旨が記載されている。

 普通に考えたらすぐにでもサインをするのだが、なぜか中村さんはそれをためらっていた。


「でもこれを書いて俺がワンダーフォーゲル部からいなくなると、部活動の規定人数を下回るわけだろ?」

「そうね。規則では三人以上って決まっているわ。これにサインした瞬間、ワンダーフォーゲル部は廃部ね」

「だとすると、あの部室も出ていかないといけなくなるわけだよな?」

「もちろん」


 その会話を聞いて、私はハッとした。


 ここで中村さんがサインをして除名処分が確定すれば、ワンダーフォーゲル部は廃部になりあの部室を追い出されることになる。

 特に何も活動はしていなかったとはいえ、来瑠々ちゃんの安息の場所である部室は無くなってしまう。そしてさらに、空いた部室を欲しがっている他の部活が新たに押し寄せてくるに違いない。

 私たちが新しく軽音楽部を作ってその部室の取り合いを制すれば話は別だけど、それでは不確実。


 古川さんがなぜ私たちまでここにつれてきたのか、その真意がやっとわかった。

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