第25話 来瑠々と中村葉

 例の事件から一夜明けた。


 運良くあのタイミングで警察が駆けつけたこともあり、あそこのアジトにいた半グレ集団は一掃されたらしい。

 一応私も被害者の一人として事情聴取を受けたけれど、大した情報も持っていないのですぐに解放された。

 

 問題は中村さんだ。

 一応あの現場では暴行を受けていたので彼女も被害者ではある。だから警察に捕まるということはないだろう。


 しかし、学校の規則を破ったことには違いない。反社会的な連中と関わりがあり、なおかつお金まで渡していたという事実がある。それに、そのお金もワンダーフォーゲル部の部費を使ったのではないかという疑いも持たれている。


 こればかりはきちんと生徒会や学校側で調査と判断をして、処分を下してもらうしかない。

 来瑠々ちゃんと中村さんがわかり合うための機会を作るのは、どうしてもその後になってしまう。


「……すいませんでした。私が無茶なお願いをしてしまったせいで、皆さんを大変な目にあわせてしまったのデス」


 ワンダーフォーゲル部の部室。来瑠々ちゃんがお茶を淹れて、雫ちゃんが持参した和菓子で私たちは一息ついていた。


 今はおそらく、中村さんが生徒会からの聞き取り調査をされている真っ最中だろう。

 自分が知らないところで大変なことが起きていたということで、来瑠々ちゃんの表情はあまり明るくない。


「いいんだよ、とりあえず最悪の事態は避けられたわけだし」

「そうですよ。むしろ悪い人たちが捕まって良かったんですから」

「ありがとうございマス。でも、もう少し葉が一人で抱え込まないようにできたんじゃないかって思うのデス。大もとの原因は私にあるようデスから」


 来瑠々ちゃんはうつむいてしまった。でも、そこまで彼女が深く考え込んでしまわなくてもいいと私は思う。


「多分ね、中村さんも同じことを考えてるんじゃないかって思うんだ」

「同じこと……、デスか?」

「そう。中村さん自身も、もう少し上手に立ち回れたんじゃないかって、後悔していると思う」


 私がそう言うと、来瑠々ちゃんはどう返していいのかわからないようで、だんまりしてしまった。


 結局のところ、どちらがこの騒動の原因なのかなんて考えることに意味はない。

 大切なのはむしろこれからのことだ。二人がどう反省して、どう関係をやり直していくかのほうが重要となる。


「来瑠々ちゃん」

「はい……」

「過去のことは無かったことにはできないけどさ、今回は幸いなことに取り返しがつく。原因とか責任とか、そんなに重く考えてもしょうがないって」


 すると、賛同するように雫ちゃんも口を開く。


「わ、私も深雪さんの言うとおりだと思います!」

「雫……? もしかしてあなたも何か似たような経験があるのデスか?」

「ええ、まあ……。実は私も失敗した過去にとらわれて自分自身の目標を見失っていたことがありました。今思えば、考えるだけ無駄なことだったなって思います」


 珍しく雫ちゃんは力強く自分の言いたいことを述べる。

 彼女の言う『失敗した過去』というのは、おそらく軽音楽部に部員が上手く集まらなかったことだろう。


「もしも吹っ切れるきっかけがなかったら、私は今でも失敗を引きずったまま、音楽から距離を取り続けていたと思います。……ええっと、だから、今回のことは多分、二人の関係を見直すきっかけだと思うんです」

「きっかけ……、デスか?」

「はい。この事件がなかったら、二人はずっと離れたままで、……もしかしたら中村さんはもっと危ない領域に足を突っ込んでいたかもしれないんです」

「それは、確かにそうデスね」

「だから中村さんが戻ってきたら、過去のことは抜きにして、まっさらな状態から関係をやり直すくらいの気持ちでいいも思うんです」


 雫ちゃんは熱弁する。いつもおどおどしている彼女だけれども、その言葉には不思議と力強さと説得力があった。

 雫ちゃんもまた、色々な経験を得て精神的に成長しているのだ。


「……雫の言うとおりデスね。葉が戻ってきたら、反省会ではなく、これからのことを話すことにしマス」


 来瑠々ちゃんの表情が少しだけ明るくなった気がした。


 とりあえず今は待つしかない。

 手持ち無沙汰にならないよう、何杯もお茶をおかわりしてはトイレに行くという無駄なことを繰り返しているうちに、部活動の終了時刻を迎えようとしていた。


「……今日はもう来ないかもしれないデスね」

「そうだね。この時間までもつれ込んでいるってことは、かなり難航しているのかも」

「仕方がありません。今日のところは帰りましょう。明日もここで待っていればいい話デスから」


 そう言って私達は帰り支度を始める。

 カバンを背負って部屋から立ち去ろうとしたとき、部室棟の廊下からやけにテンポの早い足音が聞こえてきた。


「……遅くなったわ。終わったわよ、中村葉の聞き取り調査」


 ワンダーフォーゲル部の部室に現れたのは、メモ書きの紙を持った古川さんだった。

 

 どうやら、中村さんの処遇が決まったらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る