第45話 雫と合宿
数日後、私たちは来瑠々ちゃんのメッセージ通り、合宿をやることにした。
来瑠々ちゃんのお父さんが運転するハイエースに乗せられて、隣の市にあるという『秘密の場所』へ向かっている最中だ。
「それにしても来瑠々ちゃんのお父さん、バンド練習用の一軒家を持っているってすごいね……」
「それほどでもないデス。空き家になっていた家を買い取って、葉の実家の会社に頼んでリフォームしてもらっただけデスから」
そう、『秘密の場所』というのは、来瑠々ちゃんのお父さんが練習スタジオ代わりに使っている一軒家だ。
演奏はもちろん、一軒家なので泊まる気になれば泊まれるという、合宿にはうってつけの場所。
「それでも趣味のバンドのために家を買うとか、なかなかできることじゃないよ。だってレンタルスタジオじゃなくて家だよ? 家」
「田舎の家の一軒や二軒、大したことないデスよ? 他にもママの物置き用に買った家もありマスし」
「物置用に、一軒家を……?」
私は唖然とする。
聞けば、スーパーやコンビニも近くにないような田舎の一軒家を安く買って再利用しているのだとか。
しかし安い物件とはいえ、一軒家をポンと買ってしまう財力にはやはり驚きを隠せない。羨ましい。
「……羨ましいわね。こっちは特待がないとまともに生活できるかすら怪しいのに」
嫌味をたっぷり含んだ希空ちゃんの言葉が車内に響く。
これはまずい雰囲気になるかもしれないと緊張感が張り詰める。しかし、そんな懸念はお構いなしと来瑠々ちゃんはニヤニヤしながら希空ちゃんの方を見る。
「その割には希空、新しいベースのエフェクターを買ってましたよネ。やっぱり家賃が下がったのもあるんデスかネー?」
「く、来瑠々! それは言わない約束でしょっ!」
「なになに? どういうこと? 希空ちゃん、引っ越ししたの?」
「違うのデス。この間希空の家にお邪魔した時、実は大家さんが知り合いだったことに気がついたんデスよネ。それでちょーっと私がネゴしてみたら、家賃をものすごく値下げしてくれたんデス」
「来瑠々……、後で覚えておきなさい!」
希空ちゃんは内緒にしていたことを打ち明けられて恥ずかしそうにしている。それでも、本気で嫌がっている様子はないあたり、来瑠々ちゃんに対する感謝の気持ちは持っているらしい。
そういえば古川家にお邪魔したあたりから、少し来瑠々ちゃんとの距離が縮まったような感じがしていた。うちの音楽教室に希空ちゃんの妹たちがやってきたときも、やけに来瑠々ちゃんの話ばかりしていたような気がする。
「んもー、希空は素直じゃないデスネ。妹たちはあんなにかわいくて素直なのに、どうして姉だけは強情っぱりなんでしょうかネ……」
「余計なお世話よ。大体、うちの妹たちと来瑠々とめちゃくちゃ意気投合してしょっちゅう遊んでいるのが
おかしいのよ。あんた、精神年齢低いんじゃないの?」
「違いマスよ。あの妹たちとは『ハダカの付き合い』をしましたからネ。もう私たちは姉妹みたいなものデス。希空も素直になればいいんデスよ。いっそ今回の合宿で私と『ハダカの付き合い』をしま――ぐふっ……」
ヘラヘラしている来瑠々ちゃんのお腹に、希空ちゃんが容赦なくパンチをいれる。
なんやかんや来瑠々ちゃんは希空ちゃんのことを気にかけているようだ。
希空ちゃんが忙しい時も、来瑠々ちゃんが妹たちと遊んでくれているらしい。来瑠々ちゃんは来瑠々ちゃんで、身内が男ばかりだというので妹と遊ぶのが楽しいのだろう。いい関係に収まってくれたようで、私としても一安心だ。
小一時間ほど車に揺られて、私達は目的地へ到着する。
何の変哲もない普通の一軒家で、やや築年数は古い。周りは畑や雑木林ばかりで、コンビニやスーパーは少し遠くにあるため車を使わないと面倒な場所だ。
一つ変わっているといえば、この家の二階からは海岸線が見えることだろうか。
「おじゃましまーす……」
おそるおそる玄関扉を開けると、やっぱりそこは普通の家。前世の実家がこんな感じだったなと思いつつ、中へ入っていく。
広めのリビングルームに入ると、そこには住宅とは思えない光景が広がっていた。
十畳くらいのスペースに、私達では買えないような機材がゴロゴロ置いてある。
ギターやベース本体はもちろん、アンプやエフェクター、マイクやドラムセット、すべて揃っていた。
「すごいね……、ちょっとした楽器屋さんより機材が揃っている気がする……」
「この家はパパとその友達の機材倉庫も兼ねてマスからネ。マネーを手にした大人は容赦なく高い機材を買ってしまうんデス。深雪も散在しすぎないよう気をつけないといけませんネ」
「そ、そうだね……ハハハ……」
心臓を掴まれたような核心をつく一言に、私はドキッとする。
前世で現役バリバリのバンドマンだった私は、常に自分の財布の中身を確認しながら機材購入の誘惑と戦っていた。
今は高校生でお金をたくさん持っているわけではないので自重できてはいるけれども、いざまとまったお金を手にしたら歯止めがかからないかもしれない。
……まあ、そうなったときは雫ちゃんや希空ちゃんに止めてもらうとしよう。
ふと、雫ちゃんの方を見た。
彼女は物静かなので会話に積極的に混ざる方ではない。でも、私同様楽器や機材については結構な興味を持っているので、こんな場面に出くわしておいてぼんやりしているのが少し不思議だった。
ここに来るまでの間もずっとだんまりだった気がする。もしかして、体調でも悪いのだろうか。
そんな心配する私の視線に気がついた雫ちゃんは。こちらを向いて何事もなかったようにうっすら微笑む。
なんともなさそうだ、私の気にし過ぎだろう。
「ちなみに来瑠々ちゃん、ここの機材って使ってもいいの?」
「さすがにここにある機材全部を使って良いとは言えないデスが……、パパから許可を取れたものなら問題ないデスよ」
「ホント!? 使ってみたかったんだよねー、ケトナーのアンプ!」
私はテンションが上がってしまい、目の前に鎮座しているヒュースアンドケトナーというブランドのアンプヘッドを撫で回す。
楽しすぎてあと少しでトリップしてしまいそうなところで、なんとか思いとどまり正気に戻った。
「あとは、キッチンと寝室も自由に使ってオーケーデス」
「まるで富士山のふもとにあるバンドの合宿所みたいだね。私も昔はよく――」
「昔はよく……? 深雪、合宿所に行ったことがあるのデスか?」
思わず口が滑ってしまい、三人の視線が私へ集中する。
バンド活動を再開するまではあまり意識しなくても大丈夫だったけれども、これからは前世のことをうかつに口走らないように気をつけなくては。
「む、昔はよくこういう場所で合宿をするの憧れてたんだよね……ははは。い、いや、もちろん今も憧れているけど? ははははは……」
「なーんか深雪、変デスね……。雫もそう思いませんか?」
来瑠々ちゃんからいきなり話を振られて、それまで遠くを見つめていた雫ちゃんの視線の焦点が急にこちらへと合わせられる。
「えっ? い、いや、そ、そんなことないと思いますよ? 深雪さんらしいじゃないですか?」
「そう言う雫も何か変デスね……。どうも今日はボーッとしている気がしマス」
「だ、大丈夫です。いつも通り平気です」
「本当デスかぁ? ……ハッ、もしかして、恋でもしたんデスか!? だから物思いにふけてボーッと考え事を……」
「はいはい、そこまで。とにかく練習しましょ。時間は無限にあるわけじゃないし、周りに建物がないとはいえ、さすがに夜中になっちゃったら音を出すのは憚れるだろうし」
来瑠々ちゃんが雫ちゃんについてあることないこと邪推し始めると、すかさず希空ちゃんが止めに入る。そしてそれに同意した私達は「それもそうだね」と、練習の準備を始めた。
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