第44話 深雪とAME

 その夜、私はAMEアルファミュージックエンターテイメントというものがどういうところなのか簡単に調べてみた。


 前世でメジャーデビューをしたことがある私なので、やはりこういう芸能事務所やレコード会社のことは気になってしまう。

 それに、他者と関わらないはずのShizがなぜAMEとは少しだけ提携を結んでいるのかということも気になる。

 もしかするとそこにShizへ繋がるためのヒントがあるかもしれない。


「ふーん、AMEは五年前に大手レコード会社同士が合併してできた会社なんだね。合併前の会社はと……ん? これって……?」


 AMEの合併前の会社、その名前に私は心当たりがあった。

「『アールレコード』……、これ、私が昔いたところじゃん……!」


 あまりの懐かしさに思わず声を上げてしまった。『アールレコード』は私が前世で組んでいたバンド『東京ファンデリア』の楽曲を出していたレコード会社だ。

 どうやら私が転生して高校生になるまでの間に、古巣である『アールレコード』と、芸能事務所を兼ねた大手レーベルの『ファンタスティックミュージック』が合併、両者の名前を適度にとって『アルファミュージックエンターテイメント』となったらしい。


 私にとってアールレコードが古巣であるということは、前世で同じバンドを組んでいたShizにとっても古巣であるということだ。

 他者とほとんど関わりを持たないShizが、古巣であるならば少し暗い関わりを持っても良いかなと思うのは割と自然なことだろう。

 

 しかし、それだけでShizがAMEと関わりを持とうと思うのは疑問が残る。

 なぜなら、アールレコードはそれほど大きい会社ではなく、合併と言っても事実上ファンタスティックミュージックに吸収されたようなものだからだ。こういう場合は大概、力関係の弱い方が割を食う場合が多くて、合併前の面影なんて全く無くなったりする。

 おまけにバンドの解散から十五年以上経過していて、Rレコード時代の昔の知り合いなんてほとんどいない可能性だってある。今でもShizとAMEに密接な関わりがあるかと言われたら、答えはノーだ。


「うーん、じゃあなんでShizはAMEと繋がっているんだろ……?」


 私はパソコンでAMEのウェブサイトを眺めながら考え込む。所属アーティストにヒントがあるかもしれないと思って一覧ページを見るけれど、心当たりのある名前は見当たらない。


 ウェブサイトの情報では何もヒントになる情報はないのかもしれないと諦めかけていた私は、何気なく会社情報のページを開いた。

 そこには本社の住所や電話番号、資本金の額や社長の名前など、一般的な会社なら当たり前のように公開されている情報がつらつらと並んでいる。

 惰性でマウスホイールをコロコロして、ページ下部にスクロールする。すると今度は、会社の経営陣についての情報が出てきた。

 

 これも大きな会社ならば割と当たり前に公開されていることだ。

 会長、社長、副社長、専務、常務……、偉そうな肩書の横に、これまた偉そうな人たちの名前が連なっている。

 お偉いさんの名前なんて気にすることなど部外者の私にはありえないのだけれども、そこで私は気になる名前を見つけてしまったのだ。


「『執行役員 小山田おやまだ友作ゆうさく』……? 嘘でしょ……?」


 私はその名前に驚く。

 心臓がドキンと波打ったあと、今度は憎悪と呼ぶべき感情がふつふつと湧き上がってきた。


「……ふざけないでよ、なんであんたがこんなところにっ……!」


 小山田おやまだ友作ゆうさく、その男は前世のシズカを不倫のスキャンダルに貶めた張本人だ。

 

 少し調べると、ミュージシャンだった彼はプロデュース業をこなす裏方となり、上手な世渡りを続けてこのAMEの執行役員というポジションへたどり着いたらしい。

 シズカを死へ追いやるほど苦しめた彼のことを、私は許していない。今までずっと思い出さないようにしていたのに、こんな場面でその名前を見かけてしまったことがとても不快で、今すぐ叫びたい気持ちでいっぱいだった。


 シズカの隣にずっといた私ですらこれくらい気分が悪くなるのだ。もし私がShiz――いや、シズカ本人の立場ならば、もう今すぐにでも復讐したいと凶器を手にするかもしれない。

 そう思ったとき、私の頭にふととある仮説が浮かんだ。


「……もしかしてShizは、小山田へ復讐するためにAMEと繋がりを持ったんじゃ……?」


 具体的にどのような方法で復讐をするかはわからない。しかし、誰とも繋がろうとしないShizがAMEと関係を持つ理由としては、これ以上ないものだった。

 

 彼女は、復讐のために音楽を続けている。


 現時点ではただの仮説でしかない。ただ、本当にそうであるならば、シズカの親友として悲しく思う。

 もちろん小山田のことは憎い。殺意すら湧く。

 でも、復讐の道具に自分の一番好きなことである音楽を使うのは、とても悲しいことだ。


 たとえその復讐が果たされたとして、Shizの音楽を楽しみにしている雫ちゃんのようなリスナーたちはどうなる?

 いち音楽人として、真っ当に人を楽しませたい。それが私とシズカの共通理念だったはずなのに、それがごっそり復讐へすり替わってしまっているのだ。

 そんな音楽は、音楽じゃない。


「……やっぱり、なんとしてもShizに会って話をしないといけない。手遅れになる前に」


 行き場のない焦燥感に私は襲われる。焦ったところでどうしようもないのはわかっている。

 でも、何かしないといけないのは間違いない。何をしたらいいのかわからず、私は余計に苛立ちを覚える。


 ふとその瞬間、私のスマートフォンが震える。

 手にとって内容を確認すると、来瑠々ちゃんからバンドメンバーに宛てたメッセージが届いていた。


『合宿をやりマース!』


 何の説明もなく、来瑠々ちゃんが勢いで書いたメッセージだということはすぐにわかった。

 でも、焦燥感に襲われていた私への助け舟としては、そのメッセージは十分すぎるものだった。

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