第31話 ハンバーグと尾行
放課後、古川さんのあとをこっそりつける。先日尾行でバレてしまったので、反省を活かしてさらに距離をとることにした。
行き先は雫ちゃんの家と同じ方向。二人は幼馴染ということなので、近所に住んでいるというのも頷ける。
途中でスーパーに寄って買い物をする。特売品を狙ったり、きちんとクーポンを使ったりと、節約に余念がない。
買った食品の量はおおよそ三人から四人程度だろう。
スーパーを出たあと古川さんが入っていったのは、やや古めのマンションの三階。どうやらそこが彼女の家らしい。
ドアを開けるやいなや、とても賑やかなお出迎えが彼女を待っていた。
「お姉ちゃんおかえりー!」「おかえりー!」
「ただいま。……もう、そんなにはしゃがないの。ご近所さんに迷惑でしょ?」
「はーい!」「はいはーい!」
古川さんを出迎えたのは、二人の小さな女の子。片方は小学校高学年、もう片方は低学年といったところか。おそらく、彼女の妹たちだろう。
とても元気が良くて屈託のない笑顔が眩しい。前世、現世ともに一人っ子だった私からすると、あんなふうに可愛らしい妹がいるのは少し羨ましい。
「おねーちゃん、今日の晩ごはんなにー?」
「今日はハンバーグにするから、ちゃんと手を洗って待ってなさい」
「わーい!」「やったー!」
一瞬緩んだ古川さんの表情を私は物陰から捉える。いつも厳しい態度で人に接する彼女からは想像できない顔だった。
姉とは言いつつ、年の離れた妹をお世話する母親みたいな一面が彼女にはあったのだ。
「なるほどなあ……、古川さんにはかわいい妹がいたのかあ……」
「そうよ。目に入れても痛くないくらいね」
「わかるわかる。私は一人っ子だったからああいうかわいい妹がいるのはとても羨まし……って、古川さん!?」
物陰で独り言を呟いていたら、いつの間にか古川さんが背後にいた。
想定外の出来事に、動揺が止まらない。
「どどどどどうして私がいるって……?」
「それ本気で言ってる? いくらなんでも尾行下手すぎよ。学校を出たところで気づいたわ」
「そ、そんなあ、この間より気を使ったのに……」
「あなた、自分が目立つ存在だって自覚ある? 背も高いし、キリッとしてるし、なによりあなたがいると周りの女子生徒が浮つき出すの」
「そ、そうなの……?」
あまりにも私は尾行下手だということに無自覚だったらしく、その場でがっくりとうなだれてしまう。
「……それで? 私を尾行していたのはどういう目的?」
「古川さんに、バンドに入ってもらえないかと思って……」
「その動機で尾行をする意味がわからないんだけど。もしかして、弱みを握って外堀を埋めてから勧誘しようとしてたの? さすがにやり口が汚すぎない?」
「そ、そういうわけじゃないんだ。雫ちゃんに聞いたら、古川さんは家庭の事情でバンドができないって言ってたから……」
「雫、私のこと話さなかったのね」
「うん。自分の口から言って良いのかわからないからって」
「まったく、変なところで律儀なんだからあの子は」
古川さんは軽くため息をつく。
彼女的にはそれほど重い話ではないらしい。
「家庭の事情ってのは単純なことよ。うちは父子家庭で妹が二人いて、それで生徒会もやりながら部活なんてとてもじゃないけど無理って話」
「それは……確かに大変だね」
古川さんは学校では成績優秀な生徒であり、生徒会役員としてもエース級の働きをしている。その上家に帰ったら妹たちの母親代わりもしなければならない。
時間が経って妹たちが大きくなったならば彼女にも余裕が出てくるだろう。しかし、今のこの状態ではバンドをやることすら難しい。というか、むしろよくこのカツカツの状態で頑張っているなと感心するくらいだ。優秀な人は、体力や時間の使いかたから違う。
でも、このことは古川さんが生徒会で膨大な仕事をこなしていることの説明にならない。むしろ生徒会側から家庭事情を配慮してもらって、仕事量をセーブすべきなのではないだろうか。
「そんなに忙しいのに、古川さんはどうして生徒会の仕事をあんなにたくさんやっているのさ」
「特待がかかっているに決まっているからでしょう。成績優秀かつ生徒会で活躍することで、私は学費免除になっているわけ。だから生徒会でも絶対に手抜きはしない」
先ほど古川さんは父子家庭だと言っていた。お父さんは警察官で、現場叩き上げのベテランらしい。立派な職業についているが、エリートコースの警察官に比べたら給料は見劣りするだろう。しかも妹が二人いるとなれば、経済的な余裕はあまりないはず。
古川さんは家庭の台所事情も鑑みて、なんとか特待を取り続けて学費を浮かせようと頑張っているわけなのだ。
そんな彼女の一生懸命な姿をみたら、とてもじゃないけどバンドに誘うのは気が引けてしまう。
「……ごめん、私ったら古川さんの事情なんて全然知らずにバンドに誘ったりして」
「別にいいわ。あなたのおかげで最近雫が楽しそうにしているし、それで十分嬉しいもの」
「雫ちゃんが?」
「ええ。幼馴染なのに雫には全然力を貸してあげられなくて、結構申し訳なく思ってるのよ。でもあなたがいるなら大丈夫そうね」
「ハハハ……、そう言われるとなんか照れるなあ……」
「まあ、私じゃなくてもいいベーシストはいるわよ。だから頑張って探しなさい。雫が楽しそうにしているなら、私も嬉しいしね」
「うん……、ありがとう古川さん。頑張って探すよ」
私は礼を言って古川さんの自宅マンションから引き上げた。
そういうわけで、古川さんをバンドに誘うのは諦めることにした。
メンバー探しはまた振り出しに戻ってしまうけれど、確かに古川さんの家庭事情ではバンドをやるのは無理だ。残念だけれども、何もベーシストは古川さんだけではない。根気強く探せばきっと見つかるだろう。
私が頑張ってベーシストを見つければ雫ちゃんが喜ぶ。連鎖して古川さんも嬉しい気持ちになる。バンド活動も積極的にできる。なんて素晴らしい正の循環じゃないか。
そんな絵に描いた餅のようなことを想像しながら、私は帰路についた。
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