第32話 古川希空と日常 ◇希空

 朝。起床してすぐに朝食の準備に取りかかる。警察官の父は仕事の時間が不規則なので、とりあえず作り置きしておく。自分の分は、台所で調理しながら食べる。少し行儀が悪いかもしれないけれども、こればかりは許してほしい。

 

 順々に妹たちが起きてきたので、朝食を食べさせる。その間に私は制服を着て身なりを整え、一足先に家を出る。

 朝は時間がない。自分や妹たちの持ち物は、前日のうちに用意して置くのが当たり前。最近妹たちが成長してしっかりとしてきたので、だいぶ面倒を見る量が減って楽になった。

 それでも一刻の猶予すらない。ちょっと寝坊してしまえば全ての計画が狂うので、いつも早めに起きる。


 学校に着けばすぐに校門前に立って生徒会のパトロール。身なりの良くない生徒や遅刻する生徒を、先生と一緒に注意、指導していく。これも大事な仕事。


 授業は余裕を持って望むのが当たり前。前日までの予習はもちろんのこと、授業が終わったあとの復習も欠かさない。常に成績優秀が求められる以上、学業で手を抜くことは許されない。


 昼休みは昼食をとってすぐ生徒会室へ。溜まっている仕事は、スキマ時間を使ってこなすのが早く終わらせるコツだ。

 もちろん放課後も生徒会の仕事に追われる。特待生である以上、甘えたことや弱音など吐いている暇はない。常に前進あるのみ。休んでる時間の全てが惜しい。


 家に帰れば妹たちの晩御飯を用意する。片付けたあとお風呂に入り、勉強のため机に向かう。床につくのは時計の針がてっぺんを指す頃だ。

 

 これが私、古川希空の毎日のルーティン。

 息つく暇など一瞬たりともない。そんな生活。


 そんな慌ただしい生活だけれども、楽しみなことが一つある。

 幼馴染である岸田雫が、再びバンドを始めたことだ。


 もともと引っ込み思案であまり友達も多くなかった雫は、案の定軽音楽部の部員を集めることができず廃部にしてしまった。

 

 私がこんな忙しい生活をする必要さえなければ雫と一緒にバンドをやっていたのだけれども、こればかりはどうにもできなかった。

 せめて協力くらいはしてあげたいと思い、部員を集めるための猶予期間を作ってあげたり、軽音楽部の部室を狙う勢力を遠ざけたりといろいろ暗躍したけれど、上手くいかなかった。


 しかしそれはある時を境に劇的に変わった。

 二年生の石渡深雪によって、雫の周辺事情が変化していく。

 

 どうやったのかは知らないけれど、一度心が折れた雫に、再び軽音楽部を作ろうという気にさせたのだ。

 さらには新しい部室の確保のためにワンダーフォーゲル部へ加入し、そこにいた来瑠々・マグワイアというドラマーも味方につける。

 おまけに反乱分子と思われた中村葉を追いかけたら、反社会的勢力を捕まえるきっかけを手に入れるなど、 追い風が吹きまくっている。


 そしてワンダーフォーゲル部バンドの残りのピースであるベーシストとして、私に白羽の矢が立った。

 正直なところ、許されるならばあのバンドに入ってベースを鳴らしたい。

 

 母親が存命だった頃は、市民オーケストラやジャズバンドの集まりによくついていったものだ。そのおかげで今の私の音楽的な基礎の部分がある。

 ましてや幼馴染の雫が必要としてくれるのであれば、手を貸したいに決まっている。

 

 でも、私の生活はそれを許してくれない。

 母親が亡くなってから、妹たちの面倒を見るのは私の役目となった。

 父は警察官として日々市民のために最前線で戦っている。一生懸命働いてくれているおかげで、なんとか家族みんなの衣食住は保たれている。

 

 しかし生活の余裕はあまりない。妹たちの今後のことを考えるなら、私は特待生となってできるだけ家庭の台所事情に負担をかけないようにするのが望ましい。

 

 だから今はバンドをやるのは無理だ。雫には申し訳無いけれども、他にいいベーシストが見つかるのを祈るしかない。仲間が増えた今の彼女なら大丈夫だと私は思う。


 早く雫のバンドが観たいなと日々思っていたけれども、ある日私には非情な使命が課されることになる。

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