第30話 古川希空とミルクティー
日を改めて私は古川さんのもとを尋ねた。
生徒会室を覗くと、仕事をせかせかとこなしていて、なかなか話しかけるのは難しそうだった。
そうなれば彼女が一息入れるタイミングを狙うのがいいだろう。そう考えた私は、事前に雫ちゃんから古川さんの好きな飲み物を聞き出しておいた。
こうすれば休憩しようとした古川さんに飲み物を渡して、自然に会話に入ることができる。前世でもよく使った手口だ。
「……ふう、書類仕事も楽じゃないわね」
「あの、古川さん、少し手伝いましょうか?」
他の生徒会役員が古川さんに声をかける。かなりの量をこなしているように見えるので、周囲のみんなも協力する体制になっていた。
「ううん、大丈夫。これくらいはいつもやっているし」
「……そうですか? あまり無理はしないでくださいね?」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと休憩も挟むから心配しないで」
古川さんにそう言われ、生徒会役員の子は仕事を手伝うことなく立ち去っていった。
よし、このタイミングだ。
古川さんがくいーっと伸びをした瞬間、私は自販機で買ったミルクティーを持って生徒会室のドアを開ける。
「古川さん、お疲れさま」
「あなたは……石渡さん? どうしたの? 何か御用?」
「い、いや、古川さんが忙しそうにしていたから、ここらで休憩でもどうかなって。ほら、差し入れのミルクティーもあるし」
「……お気持ちはありがたいけど、まだやることがたくさんあるから遠慮しておくわ。また別の機会にお願い」
タイミングは完璧かと思ったけれども、丁重にお断りされてしまった。
ふと古川さんの手元を見ると、まだまだ書類の山がたくさんある。たかだか高校の生徒会なのに、そんなに書類仕事があることがびっくりだし、他にもメンバーがいるはずなのに古川さんに仕事が集中しているのが不思議だった。
「すごい量の仕事じゃない? それ全部古川さんがやるの?」
「そうね。この程度はこなしておかないと、話にならないから」
「そんなに一人で頑張らなくても、他の生徒会メンバーに手伝って貰えば……」
「私はそんなことされなくても大丈夫なの。このくらいのボリューム、日常茶飯事よ」
そう言って古川さんは再び仕事に取り掛かる。
何かに取り憑かれているのではないかと言うくらい集中していて、ワーカホリックという言葉がぴったりだった。
「じゃあこれ、休憩するときにでも飲んでよ」
「ありがとう。また今度お茶でもしましょ。この間のお礼もしないとだし」
「この間のお礼?」
「ええ。あなたのおかげて半グレの連中が尻尾を出してくれたでしょ? うちのパパが奴らをずっとマークしていたのだけど、なかなかきっかけがつかめなくてモヤモヤしていたのよ」
「あー、そういうことか。別件逮捕ってやつだね、刑事ドラマで見たことある」
「そう。メンバーの一人を現行犯で捕まえられたから、アジトの中を捜索するための令状を切ることができたわけ。そのおかげで余罪がゴロゴロ出て来て、集団ごと一網打尽よ。助かったわ」
「……まあ、私はただ殴られただけなんだけどね、ハハハ……」
思ってもいなかった古川さんからのお礼に、私は苦笑いするしかできなかった。
これ以上仕事の邪魔をするとそのお礼を上書きするレベルの嫌味を言われてしまいそうなので、さっさとミルクティーの缶を置いて私は生徒会室を出た。
「……しかしまあ、すごい量の仕事だったなあ」
一人でこなすにはちょっと無理がある量だ。古川さんは優秀な人とはいえ、大丈夫とはいえない。
ロックバンドで言えば、フロントマンであるボーカルギターが作詞作曲、ライブハウスとのやり取り、事務手続き、金銭の管理、そんなのを全部やっているようなものだ。無論、そんなバンドは潰れてしまう。
生徒会の中には彼女を手伝ってくれる人がいないのだろうか? いや、そんな風には見えなかった。事実、他の皆も心配して手伝おうとしていた。
じゃあどうして彼女はあの量の仕事をひとりでやろうとしていたのか? もう少し古川さんのことを紐解いてみないといけない。
そういうわけで、私は普段の古川さんの行動を注意深く観察することにした。
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