ガールズロック・リインカーネーション!
水卜みう🐤
第1話 快速列車とギター少女
――助けなきゃいけない。だって、私なんかより、この子ほうが間違いなく真っ当に生きている。それに、輝かしい未来だってある。
そう思ったときには既に私の身体は動いていた。
朝の駅のホーム、快速列車が通過しますというアナウンスが流れた瞬間。目の前にはホームから転落した女子高校生がいた。
真新しくてかわいい制服、その背中には買ったばかりのギターケース。多分、この春から音楽を始めてみたであろう、初々しいギター少女。
私はその女子高校生を助けるべくホームから線路に降り立つ。すぐさま彼女の身体をホームの下にある退避用の退避スペースに放り込んだ。
ホームの下には退避スペースがあることを知っていて良かった。おかげでとっさに行動を起こすことができた。
……よし、これでこの女子高校生は大丈夫。
そう安心したのもつかの間。助けることに夢中になっていた私は、自分自身を守ることをすっかり棚に上げてしまっていたのだ。
――危ないっ!
周囲の人たちが叫んだときにはもう遅かった。
目の前には猛スピードで突っ込んでくる快速列車。
瞬間移動でもできない限りはもう助からない。
……まあ、ここで死んでもいいかな。
不思議と私は冷静だった。
それもそうだ。私の名前はミユキ、生きる気力をなくした無職の女。三十路をとっくに過ぎた、未来もなにもないただのニートだ。
今助けたばかりの女子高校生のほうが、将来の夢とか、未来への希望とか、そういうものを持っている。
どちらかが死ななければならないなら、この子のためにも、自分のためにも、世界のためにも、私が死んだほうがいい。
だから、この判断は悪くなかった。最期にちゃんと誰かの役に立てた。この命には価値があったのだから、それでいい。
そう自分を納得させたときには、既に私の身体は木っ端微塵になっていたようだ。
死ぬ寸前、最後に脳裏をよぎったのは、
「あの女子高校生、私のせいで音楽とかギターとか、嫌いにならないでほしいなあ」
という、なんとも呑気なものだった。
※※※
ふと目が覚めると、明かりがぼんやりとしていて、手足の感覚もなんだか曖昧だ。
声は出るけれど上手く喋れない。呼吸をするのが精いっぱいで、まるで身体の全てが退化したような気分だった。
「……よく頑張りましたね。元気な女の子ですよ」
何者かに抱きかかえられる私。ぼんやりした視界の先には、やけに疲れ切った表情ながら、どこか達成感と喜びを爆発させている若い女性の顔があった。
「
その女性の隣にいるのは、これまた若い男性だった。ずっとその女性の手を握ってそばにいたようだ。瞳には涙を浮かべていて、感動して声が震えている。
ここまでの状況を鑑みて、私は今どうなっているのか大体の見当がついてしまった。
間違いなく私は一度死んだ。しかし、その魂みたいなものはどうやら今産まれたばかりの女の子に宿ってしまったらしい。流行りの言葉を使うなら『転生』というやつだ。
「この子の名前はもう決めてある。雪子からひと文字とって、『
「とても……、いい名前」
両親は優しく微笑みながら産まれたばかりの私をみる。なにやらもう名前も決まってしまったようだ。奇しくも前世と同じ読みで
もう一度人生をやり直すことができるようだ。別にそれは悪いことじゃない。
とりあえず、前世よりは真っ当に生きられればいいかな。と、産まれたときに私は志の低い目標を立てた。
※※※
気がつけば私、
こういう転生モノにありがちな特筆すべき能力なんていうものはない。もちろんここは中世ヨーロッパ風の異世界でもなく、現代の日本。詳しく言えば、東京から離れたとある地方都市だ。
前世と同じ世界にもう一度転生したような形だ。時間軸的にも、私が死んだ直後に新しい命――ミユキから石渡深雪へ転生したと考えられる。
ただ前世の記憶がある普通の女の子として過ごしてきた。別に勉強で無双できたわけでもないし、友達がたくさんできるような陽キャラになれたわけでもない。
前世より良いかなと思えたのは容姿くらいだろうか。顔はちょっと凛々しくて、女子にしてはやや背の高いすらっとした体型。昔から長い髪がどうしても好きではなかったので、バッサリと切ったショートヘアを維持している。
もし演劇をやっていたら男役をやらされそうな、ボーイッシュな見た目になった。おまけに胸は小さい。制服を着ていないときは男の子に間違えられることがある。もうちょっと女の子らしくなってくれてもよかったのにと思ったが、こればかりは親からもらったものなのでしょうがない。
それなりに前世の反省を活かして真っ当に十五年程度生きてきた。たぶん、普通の高校生活くらいは送れていると思っている。せっかくもらった命なので、悪いことには使わないようにしたい。
のんびりと過ごす波風の立たない日常を生きていければ、別に音楽をやらなくてもそれなりに幸せだろう。そう私は考えて二度目の人生を過ごしていた。
事件が起こったのは高校二年生へと進級して間もない春の日だった。
放課後。
私は特に部活に入っているわけではない。けれども、クラスメイトがクッキング部の新歓を手伝ってほしいというので、校舎のはずれにある部室棟へ向かっていた。
手伝うと言っても私に課せられたのは新歓に人がたくさん集まっているように見せかけるサクラ役だ。別に私一人行かなくても大したことはないのだけれども、報酬としてマフィンとかフィナンシェみたいな焼き菓子がもらえるらしいので、ホイホイと釣られてみただけである。
その道中だった。
通りかかったのは軽音楽部の部室。
部活が存在していたのは知っていたが、なにか前世の嫌なことを思い出してしまいそうで敬遠していた場所だ。
中から聴こえてきたのはうるさいロックミュージックではなく、女の子がの声とアコースティックギターの音。ボリュームは小さいながら、シンプルでストレートな力強さのある曲だった。
その曲に私は聴き覚えがあった。どこか印象に残ってしまうきれいなメロディ。きちんとバンドサウンドにアレンジすれば人気が出そうな曲。
そして何を隠そうこれは前世で何度も聴いた、とても懐かしい曲なのだ。
「どうして……、この曲が……?」
その曲を聴くと、懐かしさと同時に疑問が浮かんできた。
どうして転生したこの時代にこの曲が歌われているのだろう。この曲は、私と、とある人しか知らないはずなのだ。
なぜならこの曲は、前世で私より先に死んでしまった親友が遺した、二人しか知らない未発表曲なのだから。
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