第21話 中村葉と逆方向
『中村さん、よくわからないけど逆方向の電車に乗るみたい』
『逆方向って……、やっぱりなにかありそうですね』
『うん。引き続き注意して追いかけるね』
逆方向の電車に乗った中村さんをさらに尾行する。幸い、変装が上手くいっているようでバレてはいなさそうだ。
快速特急に揺られて、あっという間に逆方向の終点までやってきた。ここで中村さんは電車を降りた。
あまりこの街には土地勘がないので、私は彼女を見失わないよう必死に追いかける。
「一体どこに行くんだろ。噂ではヤンキーが多い街だって聞くから、もしかして喧嘩しにいくとか……?」
武闘派な中村さんはさらに強いやつを求めて街を出る……なんてヤンキー漫画みたいなストーリーが頭をよぎる。しかし、そんな予想とは裏腹に、彼女は駅の中にあるATMへと向かっていった。
『中村さん、ATMに立ち寄ったよ。まさか機械を破壊してお金を巻き上げる気じゃ……?』
『そんなゲームみたいなことしないですよ。……多分』
中村さんが再びATMから現れるのを待ちながら、私は雫ちゃんにメッセージを送る。
雫ちゃんも一本遅い電車に乗ってこっちに向かっている途中のようだ。
このまま大した事件もなく、穏便にことがおさまればいいなとぼーっと考えていると、中村さんがATMから出てきた。
彼女は右手に持っていた銀行のロゴが付いた封筒をカバンの中にしまう。おそらくその封筒には現金が入っているのだろう。
その現金が怪しいものでないのであれば、今日の尾行は空振りと言ってもいい。でも来瑠々ちゃんのことを思うと、中村さんがあまり
さらに後をつけると、古びた雑居ビルの前で中村さんは立ち止まった。
「……おい、いつまでついて来てんだよ」
私はその声に思わず反応してしまった。しらを切って無視するほうが良かったのかもしれないけれど、そんな器用な真似は私にはできなかった。
仕方がない、ここは正直に姿を表すことにしよう。
「……よくわかったね」
「ったく、バレバレなんだよ。そんな真新しい作業着でウロウロしてたら、素人なのが丸わかりだ」
「ま、参ったなあ……、変装には自信あったんだけど」
すっとぼけた感じを装いながら、私は中村さんの前へ出る。彼女の目は笑っていない。
「うちは建設会社だから俺はいろんな職人さんを見てきている。素人と見分けるくらい余裕だっての」
「ははは……、変装のチョイスを間違え――」
私がヘラヘラと笑ってごまかそうとしたその瞬間、中村さんは再び私の首根っこを掴む。
「……ここまで尾行してくるとか何のつもりだ。理由を言え」
「い、言わなかったら?」
「ぶん殴る」
「痛いのは……嫌、かな……」
「だろ? じゃあ正直に話せ」
中村さんは首根っこを掴む力を緩める。
ここまで来て逃げるわけにもいかないので、私は腹をくくって真っ向から彼女にぶつかることにした。
「来瑠々ちゃんのことで中村さんを追いかけてる。あなたが隠れて何をしているのか、それを暴きに来た」
正直にそう告げると、中村さんはバツが悪そうな表情を浮かべる。
「……ちっ、来瑠々のやつ、余計なお世話を」
「そんなこと言わないでよ。来瑠々ちゃんは中村さんのことを心配してるよ? 裏で変なこととか危ないことをしてないか、ずっと気にかけてる」
「気にかけて貰わなくて結構。あいつが俺にどうこう言おうが関係ない。俺にはやらなきゃならないことがあるんだよ」
中村さんは声を張り上げる。来瑠々ちゃんの気持ちはお構いなしという、そういう強い意志が感じられる。
「そのやらなきゃいけないことって何なのさ? 来瑠々ちゃんをワンダーフォーゲル部に縛り付けておいて、一体どうしようっていうの?」
「……うるせえ、お前にはわかんねえんだよ」
中村さんは一旦緩めた手を再び握り直し、私をぶん投げるように突き放した。
「痛っ……!」
「いいから早く立ち去れ。ここはお前みたいなのが来ていい場所じゃない」
「嫌だ。何もわからないまま帰るわけにはいかないから」
「そんな悠長なことも言ってられないんだよ。早く立ち去らねえと……」
するとその瞬間、雑居ビルの奥から人影が現れた。
私たちより少し年上で、普段の自分なら絶対に近づかないような人だった。男性で、いかつくて腕に大きなタトゥーがある。もし喧嘩でもしたら、中村さんですら歯がたたなそうな相手だ。
前世のときもこういう人たちが近寄ってきたことがある。私の勘が正しければ、この人たちは反社会的なことをしている輩だ。
今の時代にこんな言い方をするかは知らないが、当時でいう『半グレ』のような連中である。まともにやり合ってはいけないと、本能がそう言っていた。
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