第16話 深雪とミユキ
週末、地元の楽器屋さんに併設されている練習スタジオへやってきた。『おじいちゃん、お父さん、お子さん、親子三代ロックンロール』というキャッチコピーのついた老舗だ。私の前世のころから続く、有名な店でもある。
約束の時刻より早めについた私は、陳列されている楽器を眺めて時間を潰していた。
目の前にあるのは、フェンダー・テレキャスターカスタム。黒地のボディにべっ甲のピックガードという渋い見た目の一本だ。
楽器屋ではいつもさらっとギターを眺めるのだけれども、このギターを見つけてしまい私はまんまと足を止められてしまった。
「かっこいいなあ……、やっぱりこれだよなあ……」
感嘆のため息が出てしまうくらい、私は珍しくぼーっとしていた。
それもそうだ、このギターは私が前世で使っていたお気に入りのギターと同じモデルなのだ。さすがに同じ個体である可能性は低いけれど、型番とか製造時期はほぼ一緒だろう。お金があるのであれば、すぐにでも買い戻したい一本だ。
このギターを担いで、大きなステージの上で大音量で鳴らす。前世で叶いそうなところまでいったのに叶わなかった夢。
今度はその夢を、自分や雫ちゃん、そしてシズカも交えて叶えてみたい。
このギターを眺めていると、そんな想像がどんどん膨らんでしまうのだ。
「――深雪さん? みーゆーきーさーん!」
「……はっ! トリップしてた……」
正気に戻ると、そこには雫ちゃんが立っていた。私がボーッとしているのを見て、心配してくれていたのだろう。
「大丈夫ですか? だいぶ別世界に飛んでいましたけど」
「だ、大丈夫大丈夫。ちょっとこのギターがいいなーと思ってただけで……」
「ああ、このテレキャスターカスタムですね。カッコいいですよね。私の好きなバンドのギタリストもこれを使ってたので、いいなーって思いますよ」
雫ちゃんがそう言うので、私は思わず共感してしまう。やはりギタリストたるもの、憧れの人と同じものを使いたくなるのだ。
「わかってくれる? 私も好きなバンドのギタリストがこれを使っていたから気になってるんだよねー」
「もしかして深雪さんのその憧れのギタリストさん、私と同じかもですね」
「そうかも。……まあ、既に亡くなってはいるんだけど」
「ですよね。でも、一度は観てみたかったです。東京ファンデリアのミユキのプレイング」
「……へっ?」
変な声が出てしまった。まさか挙げられた名前が前世の私だとは思わなかったから。
私はてっきりTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTのギタリストであるアベフトシのことだと思っていたのだ。前世の私に多大な影響を与え、使用機材やプレイングに彼への尊敬の念を込めまくっていた。
それがどうだ、雫ちゃんは前世の私――『東京ファンデリア』というバンドのミユキというギタリストを推している。尊敬の念が尊敬の念を呼び、ギターキッズのギターキッズ、いわば『孫』を生み出してしまっていたのだ。
まさか若い子にファンであるということを転生後に宣言されると思ってもいなかったので、私は嬉しいような恥ずかしいようななんとも言えない気持ちになる。
もちろん、そんな様子を表に出してしまうのは話がややこしくなってしまうので必死に我慢した。
「カッコいいんですよね。佇まいとか、ストレートで芯がある演奏とか」
「そ、そうなんだ……、ハハハ。わ、私、てっきりTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTのことかと……」
「ご、ごめんなさい……、そちらは存じ上げてませんでした。すいません、勉強不足で……」
雫ちゃんはしまったという表情で私に謝ってきた。
もちろん、雫ちゃんが謝る必要はない。
私が転生して十五年と少し。前世のバンド『東京ファンデリア』すら、もうかなり昔のバンド扱いだ。
そのバンドのギタリストが尊敬していたバンドはもう、雫ちゃんにしてみたら大昔のこと。レジェンドと言って差し支えない。
それでも前世の私を通じて、尊敬の気持ちが現在まで伝わっているというのであれば、ミュージシャン冥利につきるというものだ。
今度さり気に、雫ちゃんへTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTを布教してみよう。
「でもこのギター、きっと深雪さんに似合いますよね」
「そ、そうかな。そう言ってくれると嬉しいかも。まあでも、お値段はちょっとヤバめだけど……」
ギターのネック部分に挟んである値札には、高校生が払うには大変すぎる金額が書かれている。世界的な物価上昇があるのかどうかはわからないが、前世で買ったときよりも高い。
「そ、そうですね……。この値段だと、アルバイトをしてローンを組んでなんとかって感じですね」
「……バンドってお金かかるよね」
「で、でも大丈夫です。きっと新しい部室が見つかりますから。そうなれば、多少金銭的にも楽になるかもですし」
雫ちゃんはフォローを入れてくれた。ざっと頭の中でそろばんを弾いても、部室が使えるようになる程度のコスト削減ではこのギターに手が届くわけではない。
でも、あれほどバンドをやることに消極的だった彼女が少しずつ前を向いているのがわかって、私は嬉しくなった。
多分、皆に愛される子というのは、こういうことだろう。私はギターを弾くことしか能がないけれど、この子のためならその力を全力で捧げてもいい。そう思える人柄が雫ちゃんの一番の魅力だと思う。
まさに前世での私が、シズカという人にすべてをかけていたかのように。
……まったく、どこまでシズカに似ているんだろう、この子は。
私は少し自嘲する。時計を見ると、まもなくスタジオの予約時刻だったので、雫ちゃんと一緒に受付へと向かった。
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