第17話 Tシャツとドルフィンパンツ

「――やっぱり思いっきり音を出すのは楽しいですよね」

「そうだねー。私も久しぶりだから気持ちよかった」


 スタジオに入って小一時間。私と雫ちゃんはただひたすらギターを鳴らして遊んだ。

 最近はなかなか大きな音を出してエレキギターを鳴らす機会がなかったので、二人ともそのストレスを発散するかのように楽しんだ。

 たまにはこういう気晴らしも悪くない。


「それにしても雫ちゃんのそのストラトキャスター、結構いい音するね。繊細なタッチにもちゃんと反応してくれるし、力強さもあるし」

「そ、そうですか……? 父の知り合いから譲ってもらったもので、ちょっと古いものなんですけど……」


 雫ちゃんが手にしているフェンダー・ストラトキャスターは黒地に白のピックガードというオーソドックスなデザイン。エリック・クラプトンが使っていたものによく似ていて、やや女子高校生が持つには渋いデザインだなと思っていた。父親の友人から譲り受けたものならば、それも納得できる。


「にしてもきちんと手入れされているし、古い部品は交換しているし、ちゃんとメンテナンスしてるんだね」

「は、はい……。初めて触ったエレキギターなので、大切にしないとなって思って……」


 雫ちゃんは顔を少し赤くする。私も昔は似たような感じだったなと少し懐かしんだ。

 最初の一本は誰にとっても特別なものなのだ。

 雫ちゃんのそれは、古いとはいえちゃんとしたものである。それをきちんと手入れして使っているのだから、彼女は立派なものだ。

 

「おっと、そろそろ時間だね。早いこと片付けをしないと」

「そうですね。楽しいと時間があっという間です」

「ほんとほんと。今度また来ようよ、いい息抜きになるし」

「はい、ぜひお願いします」


 私たちは機材の片付けを始める。すると、隣の練習室からわずかに音漏れが聴こえてきた。

 ギターやベースの音はなく、ドラムのパワフルなエイトビートだけが壁越しに伝わってくる。

 アンプで音を増幅することができないドラムのサウンドがここまで響くとなると、相当な音量が出ていることが伺い知れる。


「あの……深雪さん。隣で練習している人、すごいですね」

「うん、ここまで響いてくるドラミングなんて、なかなかないと思う。他の楽器の音が聞こえないあたり、個人練習かな」

「ですかね……。これだけパワフルだと、ちょっと気になっちゃいますね」

「どんな人が叩いているんだろう……? 屈強でムキムキな体育会系の人かな? 元軍人とかだったりして」

「さ、さすがにそれは考えにくいと思いますけど……。でも、それくらいの音圧を感じます」

「これくらいの音量を出してくれるなら、うちのバンドに入ってくれたら楽しくなると思うんだけど」

「それは無理ですよ。どう聴いてもうちの学校の生徒ではないでしょうし」


 確かにねと、私は苦笑いする。

 こんなパワフルなプレイをするドラマーが身近にいたら即スカウトものだ。しかしそんなのは幻想である。


 これほどのドラマーがフリーであるわけがない。世の中のバンドというのは、いつの時代もかなりのドラマー不足だから。


 しかしせめてそのご尊顔だけでも拝んでから帰ろうと思い、私と雫ちゃんは隣のスタジオから出てくる人を待っていた。

 しばらくして中から人が出てくると、私たちはその姿に驚くことになる。


「ふう、今日もいっぱい叩きました。めちゃくちゃ汗だくデスね」

「来瑠々ちゃん!?」「マグワイアさん!?」


 現れたのは来瑠々ちゃんだった。

 Tシャツとドルフィンパンツというかなり薄着でラフな格好の彼女が、あのパワフルなエイトビートを叩いていた人物の正体だったのだ。


「おっと、これはこの間のお二人じゃないデスか。こんな所で会うなんて奇遇デスね」

「そ、そうだけど、もしかしてあのすんごいドラムは……、来瑠々ちゃんが叩いていたの?」

「確かに私が叩いていましたが……、そんなに褒められると恥ずかしいデス」

「いやいや、かなりすごかったよ。そんなにドラムが叩けるなら、言ってくれればいいのに」


 ハハハと来瑠々ちゃんは笑う。

 一方の私と雫ちゃんは、未だにあのドラミングが来瑠々ちゃんのものだということを信じきれていないくらい、呆気にとられていた。


「パパがロックンロール大好きなので、割と小さい頃から教えこまれていたんデス。でもそんなに驚かれるとは思いませんでしたけど」

「本当にびっくりしたよ。女子高校生が叩いているとは思えないくらいだったし。ねえ雫ちゃん」

「はい。とってもパワフルで、でも安定感もあって、なんだか頼もしいドラムでした」

「そんなに言われると照れマスねえ」


 先日ワンダーフォーゲル部の部室で会ったときも、来瑠々ちゃんはロックが好きと言っていた。昔から音楽に触れていたのだろう。このレベルのドラマーであってもおかしいことではないと思う。

 しかし、ドラムが叩けるなんて一言も言っていなかったのはどうしてだろう。私たちがバンドを組もうと画策していることは彼女に打ち明けているはずなので、一度セッションしてみようとか、あわよくばバンドに混ぜてくださいとか、それくらいの話題が出てきても良いはずだ。

 

 でも彼女はそれを言わない。きっとなにか理由があるのだ。

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