第36話 雫と決意


 その日の部活は一旦解散にした。

 泣き崩れてしまった雫ちゃんをどうにかすることが、まず私がやるべき最重要事項だから。


 雫ちゃんといっしょに下校して、私たちは途中にある公園のベンチに腰掛けた。

 

「……希空ちゃん、どうしてあんなことになっちゃったんだろ」

「生徒会の仕事が、今の古川さんにとって最優先になっていたんだと思うよ。それこそ、幼馴染の雫ちゃんに相談する暇もないくらい忙しそうだったし」

「でも……、それにしたってひどいです。今までなんだかんだ助けてくれていたのに、いきなりあんな事言われて……」


 似たような記憶が蘇る。


 シズカが自宅マンションから飛び降りたあの日、どうして私はもっと話をしなかったのだろうと後悔の念に苛まれた。いや、実際のところ、転生して十五年くらい経ってもまだ引きずっている。

 あのときのシズカは苦しんでいたのだ。でも彼女はそれを表に出さなかった。というより、表に出してあげられなかった。


 古川さんも同じだ。生徒会のなかでワンダーフォーゲル部の廃止に反対をすることが彼女にはできた。しかし、背負っているものを考えたとき、その選択肢を取ることができなかったのだ。

 わかりやすく古川さんは苦しんでいる。だからこそ、彼女の苦しい部分を表に出してあげて、一人で抱えるようなことにならないようにすべきだった。それが今の私が反省すべき点だ。


「……もうちょっと古川さんと話すべきだったかもしれない。ごめん」

「深雪さんが謝ることではないです。私も、希空ちゃんのこと、全然考えられてませんでした」

「成績優秀で生徒会のエース。家に帰れば妹たちの面倒を見て、家計のために特待も取って……。よくよく考えたら、頑張りすぎているよね、古川さんは」

「はい……」


 息つく暇もない生活。でも、その歩みを止めてしまうと生活がままならなくなる。

 態度を見れば雫ちゃんを応援したい気持ちは間違いなくあるのだろうが、そんな余裕が今の古川さんにはない。


「……やっぱり一度古川さんと話してみないとダメだと思うんだ。彼女の抱えているものを、全部表に出してもらえるように」

「私も、そうしたいです。そうしたいんですけど、話をする時間の余裕すら今の希空ちゃんには無い気がします」

「それは、確かにそうかもしれない。……でも、これならどうだろう?」


 遊ぶ余裕すらない古川さんを対話のテーブルへ誘い出すためにはどうしたら良いのか。

 私たちが選択肢として取れることはそれほど多くない。

 

 学校で古川さんと腹を割って話すことは無理だろう。学校にいれば、彼女は生徒会役員としての責務を果たさなければならないので当然のごとくガードが固くなる。理性の塊である古川さんが本音を言うなんて絶対にありえない。

 それならばもうやるべきことは決まっている。


「改めて私たちが古川さんちまで出向いて、そこで話をしたらどうかなって」

「でも希空ちゃんは、家に帰っても妹さんたちの面倒をみていて……」

「それもみんなで代行しちゃえばいいんだよ。雫ちゃんと古川さんが話す間、私と来瑠々ちゃんが妹たちの面倒を見たり家事をこなしたりすれば、そのくらいの時間は作れると思うんだ」


 すると、雫ちゃんは少し困惑しながら言う。


「そ、そんな、私と希空ちゃんの話にお二人まで巻き込むのはさすがに……」

「何言ってるのさ雫ちゃん。今さらそんなことに気を使う必要なんて無いんだよ? もうみんな同じ部活の仲間で、バンドメンバーなんだから。一人でなんとかしようなんて思わなくていいんだよ」


 私のその言葉で気持ちが少し楽になったのか、雫ちゃんの強張った表情が緩んだ。

 そして、「そうでしたね」と、雫ちゃんは一人で全部抱え込みそうになていることに気づいて、少しだけ自嘲する。

 その仕草がやっぱりシズカそっくりで、私はなんとかしてあげたい気持ちに拍車がかかる。

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