第4話 雫とShiz

 ――間違いない、この曲はシズカが遺した曲だ。私と彼女しか知らないこの曲が転生後に存在しているということは、シズカも転生して新しい命で過ごしているかもしれない。

 さらに言えば、今軽音楽部の部室の中でこの曲を歌っている子がシズカの可能性だってある。

 

 いてもたってもいられなくなった私は、衝動的に軽音楽部の部室の扉を開けた。


「シズカっ……!?」


 中には一人の女子生徒。

 小柄で小動物チックな出で立ちで、茶色いくせっ毛のロングヘアがよく似合ってかわいらしい。

 メガネをかけていて少し文学少女のようにみえるのも、彼女のかわいさを引き立てている。


 あの曲を歌っていたのはその女子生徒だ。椅子に座ってアコースティックギターを構えている。

 私が突然扉を開けてしまったので、女子生徒は驚いて演奏を止めてしまった。彼女の口はあんぐりと開いている。


「……あ、あの、どうかされましたか?」


 女子生徒は恐る恐る私へ話しかける。いきなりやって来られたのだから、ビビってしまうのも仕方がない。


「ねえあなた、その曲、なんで知ってるの!?」

「なんでって……、これはいま流行りのアーティストが歌っているので……」

「そ、そうなの……? あなたの曲じゃないの?」

「え、ええ。私はただ、この曲が好きなので弾いていただけで……」


 そう言われて私は少し肩をすくめた。。

 この曲が目の前の女子生徒の曲ではないということは、少なくともこの子が転生したシズカではないということだ。私の完全な早とちり。

 

 再会できると思っていたので少し残念ではある。けれども、彼女の言葉にはもう一つ重要なことが含まれていたことに私は気がつく。


「そっか……、そうなのね……」

「あっ……ごめんなさいごめんなさい、結構うるさかったですよね? す、すぐに出ていきますから!」

「ううん、いいのいいの。それよりもちょっといろいろ教えてほしいことがあるんだ。いいかな?」

「教えてほしいこと……?」

「そう。その曲を歌っている、『流行りのアーティスト』についてなんだけど」


 私がそう言うと、その子は少し警戒をするような表情を浮かべた。

 無理もない。いきなり知らない人から質問攻めされているのだ。

 ちょっと焦りすぎたと思って、私は一旦落ち着くことにした。


「ごめんごめん、いきなり過ぎたよね。まずは自己紹介しないとだね。私は石渡深雪、二年四組」

「き……、岸田きしだしずく……です。二年三組です」

「雫……?」

「はい、雨かんむりに下と書いて雫といいます。……どうかしましたか?」

「い、いや、なんでもない。素敵な名前だなって」


 一瞬、雫という名前が「シズカ」に似ていたため、私は少し驚いてしまった。しかし、そういう偶然も確かにありえなくはないと思って自分自身を落ち着かせる。

 私だって同じ「ミユキ」という名前に転生しているのだ。たまたま似ていただけだろう。


「それで、さっき歌っていたその曲について教えてほしいんだけど」

「あれですか? あれは、Shizシズっていうネットで有名なシンガーソングライターの、『親愛なるあなたへ』って曲です」

「Shiz……?」

「はい。……最近色々なところで取り上げられているのでわりかし有名だと思うんですが」


 私はちょっと気まずくなって視線をそらした。花の女子高校生の身ではあるけれども、中身が中身おばさんなので流行にはあまりついていけていない。

 

 おまけに前世でのこともあったので、私は世の中の音楽全般から距離を置いていた。そのせいで、Shizという存在をたった今知ったという、なんとも若々しくないムーブをしてしまっている。


「ご、ごめん、そのへんちょっと疎くて……」

「Shizさんは数年前から動画投稿サイトから活動を始めていて、その曲と歌唱力の凄さで人気に火が着いたんです」

「そ、そうなんだ。ネットとかあんまり気にしなかったから知らなかったよ」

「でも、一切顔出しがなくて年齢も性別も不明、コンタクトが取れるのもごくごく一部の人しか居ないというミステリアスな人なんです。わかっているのは女性の声を持っているということと、ギターロックが好きということだけです」


 なるほどなと私は相槌を打つ。

 雫ちゃんの言うことが本当であれば、そのShizというシンガーソングライターがシズカの転生先である可能性が高い。

 

 シズカはShizへ転生したあとも音楽を続け、あの時私だけに聴かせてくれた未発表曲――『親愛なるあなたへ』をインターネットを通じて世界へリリースしたのだ。

 あの曲は絶対に名曲になると信じていた。まさか、このような形で私に届くとは思ってもいなかったけど。


 でもこれで確信した。シズカはきっとこの世界で生きている。そして彼女は音楽を辞めていない。

 そんな小さな事実がわかっただけではあるけれど、私の心の奥では何か喜びのような、はたまたエネルギーのようなものがふつふつと湧き上がってきていた。


 雫ちゃんは次々にShizについて熱心に説明してくれる。おそらく彼女はShizの大ファンなのだろう。

 その姿が好きなバンドについて夢中に語っていたシズカによく似ていて、私は少しほほえましくなった。


「ふふっ、雫ちゃんは、Shizが大好きなんだね」

「はっ……! すいません、私、つい夢中になってしまって……」

「ううん、なんだかその一生懸命な感じが昔の知り合いに似ていて、ちょっと懐かしくなった」


 お互いに少し緊張感が解けたのか、私も雫ちゃんも表情が緩む。

 Shizについて聞いていくうちに、他にも色々なことがわかってきた。


「実はShizのことは、ネットで人気に火がつく前からずっと追いかけているんです」

「それはなかなかの古参ファンだね。そんなに好きなんだ、Shizのこと」

「もちろん楽曲も歌声もすごいと思います。でも、一番の理由は……」


 何かを言いかけて、雫ちゃんは急に語気を弱める。言いにくいような恥ずかしい理由でもあるのだろうか。


「あ、あの……、石渡さん」

「深雪でいいよ」

「じゃ、じゃあ深雪さん、これから私の言う話、笑わないで聞いてくれますか?」

「もちろん」


 私がそう答えると、雫ちゃんは神妙な面持ちで驚くことを言い始めた。


「実は、Shizは……、私の生き別れた双子の姉かもしれないんです」

「……へ?」


 予想斜め上どころか百八十度回転してしまうような雫ちゃんの言葉に、私は思いがけず間抜けな声を出してしまった。

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