第28話 ベースとワンダーフォーゲル部

「それじゃあいきマスよー? ――ワン、ツー、スリー、フォー!」


 来瑠々ちゃんと中村さんの一件から数日後。私たちはワンダーフォーゲル部の部室で気持ちいいくらいの爆音を出していた。


 毎日のように来瑠々ちゃんが宿題をやっていたり読書をしたりしていたテーブルは撤去され、いっちょ前にドラムセットとギターアンプ、ベースアンプ、そしてボーカルマイク用のパワーアンプとミキサーが部屋の中に搬入されていた。部室の扉を開ければ、さながら練習用のスタジオそのものである。

 これらは全部来瑠々ちゃんの家から持ってきたものだ。いざバンドを始めると彼女が両親に伝えたところ、ノリノリで搬入までやってくれた。

 前世の私は親から「いつまで音楽をやっているんだ」と毎度毎度言われていただけに、ロックンロール大好きかつ協力的な両親がいるのはとても羨ましい。


「ふうー、やっぱり思い切り音を出すのは楽しいデスね」

「そうですね、これも来瑠々さんが協力してくれたおかげです」

「えっへん、それほどでもないデスよ?」


 雫ちゃんに感謝され、来瑠々ちゃんは得意げになって少し鼻が高くなる。……いや、もともと来瑠々ちゃんは欧米人寄りの顔つきなので鼻は高めなのだけれども。


「まあ、ある意味この部は葉が守ってくれたわけデスから、恥じないように頑張らないとデスね!」

「そういえば中村さん、停学中ですけど何をしていらっしゃるんですか?」

「葉はいつも通り実家の会社でアルバイトをしていマスよ。なんか最近、溶接の資格を取ったとか言ってウキウキしてました。相変わらずデスね」

「そ、そうなんだ……。思っていたより中村さんってガテン系なんだね……」


 この間も中村さんは作業着姿の私を見破ったりと、なかなか職人気質な一面がある。やっぱり実家の建設会社でアルバイトをするのが性に合っているらしい。

 溶接仕事をしたり足場を組み立てている彼女の姿を想像すると、思わずニヤけてしまうくらいしっくり来る。


 おそらく職人としてのキャリアを積んでいるうちに二ヶ月の停学などあっという間に終わってしまっているだろう。彼女が戻ってきたとき、来瑠々ちゃんの加わったこのバンドがもっとかっこよくなっていないと示しがつかないなあなんて、私はぼんやり考える。


「しかしまあ、雫の歌はなんか不思議デスね。大きな音で演奏してもちゃんと聴こえてくるなんて」

「そ、そんなことないですよ。Shizに比べたら、歌なんてまだまだで……」

「そんなに卑下しなくても大丈夫デスよ、私が太鼓判を押しマスから。もっと雫は自信を持ったほうが良いデス」

「ははは……、が、頑張ります……」


 雫ちゃんは苦笑いする。これからバンドでライブの場数をこなしていけば、自ずと雫ちゃんも自分で自分を信じることができるようになるだろう。もともとかなりの素質があるのだから、あとは経験値だけだ。


 そんな二人が絶好調と言わんばかりに演奏している一方で、私はちょっと調子が出ていなかった。

 それもそのはずだ。なぜなら私は今、本職のギターではなく慣れないベースを弾いているのだから。


 やっとのことでバンドっぽくなったワンダーフォーゲル部(以下、名前が長いので「ワンゲル部バンド」とする)だが、メンバーは見ての通り三人しかいない。ギターボーカルに雫ちゃん、ドラムに来瑠々ちゃんとくれば、当然のように余った私がベースを弾くしかない。

 だがこのベースという楽器が私にとってはとんでもない曲者なのだ。


 見た目や弾き方こそギターに似てはいるが、その成り立ちは全く違う。もとをたどると、ベースという楽器はオーケストラで使われるコントラバスなのだ。

 そして当たり前だが出てくる音は重低音。ギターと違って目立つようなサウンドではない。ギタリストの感覚で出しゃばるような音を出してしまうと、結果的にバンドサウンド全体を殺してしまう。かといって引きすぎてもダメで、ちょうどいい塩梅を探るのがめちゃくちゃ難しい。


 さらに言えばベースはフレーズの派手さよりも確実にリズムを刻んでグルーヴを生み出すことが重要視される楽器だ。本職がギタリストの私は、バンドの中でベースとドラムが作り出したグルーヴに乗っかるのは得意だが、そもそものグルーヴを生み出すことについてはずぶの素人と言ってもいい。


 そういうわけで今の私はこのバンドの中で「ベースを弾いて重低音を出しているだけの人」に成り下がってしまっている。私だけいまいち気持ちよく演奏できていないのも、多分そのせいだ。


「……深雪さん? やっぱりベースはしっくりきませんか?」

「え? あっ、いやっ、そ、そんなことないよ? 新しい発見がたくさんあって面白いなーって」


 思い悩んでいたところ急に雫ちゃんが話しかけてきたので、私は思わず適当に取り繕ってしまう。


「やっぱり私がベースを弾きましょうか? 深雪さんはギターを弾いたほうが合っている感じがしますし」

「い、いや、大丈夫大丈夫。これもひとつの勉強だよ、やっていればそのうち上達すると思うし。ハハハ……」


 雫ちゃんを心配させないよう私は笑ってごまかした。確かに彼女の言う通り、私がギターを弾いて雫ちゃんがベースボーカルをやるという手もないわけではない。

 しかし、このバンドの中心はやっぱり雫ちゃんだ。いくら楽器が上手い彼女とはいえ、不慣れなベースボーカルをさせて調子を崩してしまっては皆が困ってしまう。


 とりあえず今のところは私が頑張ってベースを練習するしかない。

 そう決意しようとした矢先、水を指すような言葉が聞こえてきた。


「……残念な演奏だな」


 その声の主は、いつの間にか部室の中にあるソファに座っていた。

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