第19話 来瑠々と探偵

 来瑠々ちゃんが何かをしようとすれば、実家同士の会社の取引ごと終わらせられるのだという、脅迫めいたやりかた。

 そんな八方ふさがりの中、来瑠々ちゃんは好きなことをやることもできず、ただじっとおとなしく日々を過ごしていたのだ。


「今は人手不足で、建設の仕事を請けてくれるところが少なくなってきてしまいました。だから葉のお家と取引が途切れるのは、うちの会社にとって痛手なのデス」

「だからって来瑠々ちゃんを縛り付けることないんじゃない? 長いこと付き合いがあるってことは、来瑠々ちゃんも中村さんも昔からの仲なんじゃないの?」

「はい、確かに小さいころは葉と仲が良かったんデス。でも、高校に入ったころから様子がおかしくて、気が付いたらこんな感じになっていました」

「……何か、あったのかもね」

「……私もそう思って葉にそのことを何度も問い詰めました。でも、あの子は何も教えてくれなかったんデス。ただ黙ってこの部で過ごしていればいいと」


 来瑠々ちゃんはうつむいてしまった。

 確かに中村さんが来瑠々ちゃんを縛り付けているやり方はあまりいいものではないと思う。でもそれ以前に、中村さんが来瑠々ちゃんを縛り付ける理由がよくわからなかった。

 

 来瑠々ちゃんから金銭を脅し取ろうとか、実家の会社が有利に取引を進められるように便宜をはかるよう仕向けるとか、……あまり考えたくはないけど性的に支配するとか、そういった要求が中村さんからは一切ないのだ。


 ただワンダーフォーゲル部に入って黙って過ごしておけという、不可解な要求。まるで、頑丈なかごの中に鳥を入れてただひたすら守り続けるような、そんな風にも思えた。


「やっぱりおかしいよ。私たちが来瑠々ちゃんとバンドをやりたいっていうのもあるけど、この不可解な関係がずっと続くのは変だと思う」

「わ、私もそう思います。一度、ちゃんと話してみないとだめだと思います」


 隣にいた雫ちゃんも私に賛同する。

 

「……確かにそうなんデスが、もう最近の葉は私と会話さえしてくれないんデス」

「どうして?」

「いつも『忙しいから』とだけ……」

「じゃあ今度会ったらとっ捕まえて来瑠々ちゃんの目の前に連れてこよう! それで腹を割って話す!」


 うだうだ考えるよりこれが一番手っ取り早いと思う。とにかくこの問題は二人が対話をしなければ解決には向かわない。


「とっ捕まえるって深雪さん、あの人を捕まえようとしたら返り討ちにあっちゃうんじゃ……」


 雫ちゃんにそうツッコまれて私は思い出した。

 そういえば中村さんはものすごい武闘派だった。私ごときでは簡単にひねりつぶされてしまう。


「確かにそうだね……、じゃあもうちょっと別の角度から切り込まないとだ」

「対話をさせたいなら、来瑠々さんが中村さんのもとへ出向けばいいのでは?」

「確かにそっちのほうが平和だね。でも、中村さんって普段はどこにいるんだろ? この間は偶然部室棟で会ったけど、いつもはワンダーフォーゲル部の部室にはいないんでしょ?」


 素朴な疑問を来瑠々ちゃんへ投げかける。忙しいという割にワンダーフォーゲル部の部室に顔を出すことは稀となれば、そもそも中村さんは何をしているのだろう。

 

「あの、深雪。それも含めてちょっとお願いがあるんデス」

「お願い?」

「はい。……葉が普段何をやっているのか、突き止めてほしいんデス」


 来瑠々ちゃんのお願いは、ちょっと意外なものだった。

 

「……行動を把握するとか、まるで探偵みたいだね」

「変なお願いをしているのはわかってマス。でも、私が葉に近づくとおそらく突き返されてしまいマスし、問いかけたところで今まで通り教えてくれはしないでしょうから」

「確かにそうだね。私たちみたいな部外者のほうが、かえって来瑠々ちゃんより近づきやすいかも」

「だからお願いデス、葉が何をやっているのか教えてほしいんデス。……こんなこと、出会ったばかりの二人にお願いするのは失礼だとは思っているんデスが」


 来瑠々ちゃんは頭を下げる。勢いあまってパフェのグラスに軽くコツンと当ててしまうのが、なんとも愛らしい。

 

「わかったよ。なんやかんや、来瑠々ちゃんにとって中村さんは大切な人なんでしょ? それくらい協力させてよ」

「本当デスか!?」

「うん。もしうまいこといったら、部室の件、また相談させてくれるとありがたいかな」


 そういうことで、私と雫ちゃんは中村葉の行動を調査することにした。

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