第52話 解熱鎮痛薬と栄養ドリンク
AMEのコンテストへの応募はあっさり済み、書類選考のお知らせがすぐに返ってきた。
結果は合格。二次予選のライブ審査へ私たち『東京ワンダーフォーゲル』はコマを進めることになった。
練習には熱が入る。
晴れて自由に使えるようになったワンダーフォーゲル部の部室は、放課後を告げるチャイムが鳴ると同時……いや、実際にはちょっとフライング気味にバンド練習が始まる。
優等生の希空ちゃん、雫ちゃんはきちんと時間を守って部室にやってくるけれども、私と来瑠々ちゃんは午後の授業をサボって部室に来ることがよくあるのだ。
ゆえに、チャイムが鳴るちょっと前からドラムとギターの音がけたたましく鳴り始める。
一応苦情は来ていないので、もう少し早くから音を出しても良いかもしれないと、来瑠々ちゃんと二人で悪巧みをしていたりする。
二次予選のライブ審査は明日に迫っていた。
みんなのコンディションは十分すぎるくらいで、これなら絶対に予選を突破できるという確信みたいなものが今の私達にはある。緊張感などまったくなく、早くステージで演奏がしたいというその一心だった。
しかし、当日の朝、私自身にピンチが訪れる。
「……うっそ、三十八度三分」
腫れぼったい声帯を震えさせて、ガラガラの声でそう呟く。
昨夜からのどが変な感じだなという兆候はあった。しかしこれくらい大丈夫だろうと思ってたっぷり食事と睡眠をとった。
それでも身体はへばっていたようで、私は熱を出してしまった。
今日が予選ライブ本番だと言うのに、なんともタイミングが悪い。
学校に行く日であれば問答無用で欠席の連絡を入れるところだが、今日ばかりはそうはいかない。
なんたって今日は予選ライブの日なのだ。私が欠けることは許されない。
病欠で休んでギタリスト不在となれば、さすがにバンドへ与える影響は大きい。
――大丈夫。この程度のこと、前世で何度も経験済みだ。
メジャーデビューしてすぐの全国ツアー。日程は過密も過密なスケジュールで、機材車の中で寝るなんてザラ。
サービスエリアで食事を摂るようになると、栄養バランスも崩れてくる。
睡眠不足と栄養の偏り。ライブで全力を出し切ったあと打ち上げで酒を飲んだりすれば体力だって削られる。
そうなれば必然的に体調は崩れる。
熱が出たり、頭痛がひどかったり、のどが痛かったり、そんなのは日常茶飯事だった。
じゃあどう対策したか。
サプリで栄養補給? スーパー銭湯に立ち寄ってゆっくり入浴? ふかふかのベッドで寝る?
そんなのはまやかしだ。どれだけ対策しても、風邪を引くときは引いてしまう。
だから私は絶対に携帯していた物がある。
それと同じものを探しに、私は自宅にある薬箱を開ける。
「……あった。これがあればとりあえず今日は凌げるはず」
手に取ったのは解熱鎮痛薬。とりあえずの痛みとか熱なら、これで収まる。
私はすぐにそこから二錠取り出し、水と一緒に服用する。
あとは、母親にバレないようにそっと家を抜け出した。
気づかれてしまえば、絶対に行くなと止められてしまうのは目に見えている。
フラフラする。
でも、なんとかぎりぎり立っていられる。
途中でドラッグストアに寄って、マスクを買う。
バンドのみんなにもバレないようにある程度顔を隠したいから。
それと、栄養ドリンクとゼリー飲料を買っておけば応急処置としては完璧だ。
こんな感じで前世でも何回かやり過ごしてきたのだ。今回だって大丈夫。
会場入りするなり、私はギターを取り出しておもむろに引き始めた。
下手に会話をするとバレてしまう。緊張しているふりをして、フレーズの最終確認をしていることにすれば、無口でも不自然にはならない。
テレキャスターの弦を弾く。しかし、丸いポジションマークが分裂して見える。
十二フレット以外は丸が一つしかないはずなのに、いま私の視界ではポジションマークがあるフレットすべてが十二フレットかのように見えてしまう。
……まずい、こうなると演奏性に問題が出る。
仕方がないと思った私は、ポケットに入れていた解熱鎮痛薬をさらに二錠服用した。
お薬のパッケージには絶対に四時間以上服用間隔を開けろと書いてはいるが、それも前世で何度か実証して問題なかったので大丈夫だろう。
しばらくギターを弾いているふりをしていると、少し視界が平常に戻ってきた。
これならいける。大丈夫。
そう安心したところに、希空ちゃんが話しかけてきた。
「……深雪、あなた、熱あるでしょ」
バレてしまっていた。
我ながら完璧なカモフラージュだったけれど、私の尾行をあっさり見破ってしまう希空ちゃんには通用しなかったらしい。
「お願い。みんなには黙っていて」
「駄目よ、そんなことしたら深雪、倒れるわよ?」
「大丈夫。割と身体は丈夫だから、ギターを弾くくらいはなんとかなる。ライブが終わったらすぐ帰って休むからさ、お願いだよ」
「本当に倒れないのよね? 倒れたら、どうなるかわかってる?」
わかっている。
もし私が倒れたら、ライブは失敗。健康管理ができていないと、生徒会や先生方に叩かれる可能性もある。
だからといって、私が欠けるわけには行かない。もうこのまま解熱鎮痛薬に頼ってゴリ押すしかない。
「……雫には黙っておくわ。来瑠々は気づくかもしれないけど、黙るように釘を差しておく。だから深雪、絶対に倒れちゃ駄目よ」
「……わかってる」
腫れぼったいのどを震わせて返事をする。
大丈夫。みんなのために、私は意地でもステージに立つから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます